ときめき坂メンタルクリニック

大津市馬場の心療内科,精神科 ときめき坂メンタルクリニック

〒520-0802 滋賀県大津市馬場1-3-6
TEL 077-528-1556

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よくある話

(1)精神の病気でないのに生き辛くなるのは何故でしょうか?

 フロイトは、人が生まれてから成人するまでを、主に性欲という視点で説明しましたが、後にエリクソンは、「人は一生かけて発達するものだ」として、ライフサイクルという概念をうちたて、心理・社会学的な視点でこれを説明しました。人生をいくつかの発達段階に分け、各段階にテーマがあり、これらの危機を乗り越える事で人格が成熟し、乗り越えられないと人格に影を落とすとしました。重要なものをあげると、乳児期には「基本的安心感の獲得」、思春期には「アイデンティティの確立」というのがテーマとしてあります。

 人は「オギャー」と生まれてから、泣いたら母親におっぱいを飲ませてもらったり、オムツを換えてもらったりしながら、「自分が無条件でこの世に受け入れられる」という感覚を身に付けます。これを基本的安心感(基本的安全感ともいう)といい、その後の人生で精神的に健康に生きるための基盤となります。この「無条件で」というところがポイントで、良い子でないと受け入れられないとか、勉強が出来ないと受け入れられないとか、ピアノが上手に弾けないと・・・、というのでは、基本的安心感がないという事になります。

 思春期になると、アイデンティティ(=自己同一性≒自分らしさ、自分がどういう人間でどういうふうに生きていくかという自分のイメージのこと)を確立します。男の子なら、スポーツ万能で皆のヒーローになるとか、秀才であるとか、人気者であるとか、また時には不良少年のように普通とは逆のアイデンティティを発展させる事もあります。アイデンティティは、思春期に突然確立してそれで終わりというものではなくて、見失ったり再発見したりしながら、一生かけて変貌していくものなのです。男としてのアイデンティティに加え、就職したら職業人としての、結婚したら夫として、父親としてのアイデンティティが生じてきます。昔は「こうあるべき」といった既定の価値観というものがあって、それに対して自分を位置づけていくという方法でアイデンティティを確立していたのですが、現代のように価値観が多様化して何でもありの状態になってくると、従来のような方法でアイデンティティを確立する事が困難になってきます。都市化が急速に進んでいる地域では特にその傾向があると思われます。ちなみに、子供の不登校の原因には年齢によって特徴があり、幼稚園や小学校低学年では、「分離不安」といって、母親と離ればなれになるのではないかという非現実的な不安があって行けない子が多く、小学校中・高学年では、「適応障害」といって、転校などで学校に馴染めなくて行けない子が多く、中学生以降では、この「アイデンティティ」の問題があって行けない子が多く、高校生以降になると精神障害が発症した可能性も出てきます。勿論、他の原因もたくさんあります。

 病気でないのに生き辛くなって精神科にやって来る最近の若い人達を見ていると、表現形は色々ですが、この「基本的安心感の欠如」と「アイデンティティの曖昧さ」という問題のいずれか一方、あるいは両方に該当する人が多く、その最たるものが、境界型人格(ボーダーライン・パーソナリティー)だと思います。勿論、他の原因もたくさんあります。

 

(2)うつについて

1.はじめに

 1998年以来我が国の年間自殺者数は3万人を超え、現在では交通事故死者数の6倍となっています(自殺対策の効果か2012年は3万人を切りました)。男性の20~44歳、女性の15~34歳における死因の第一位は自殺です(2008年厚生労働省「人口動態統計」)。自殺者の増加の要因はほぼ男性であり、女性はどの時代も自殺率に大きな変動はみられません。1990年代末には40~50代の自殺者数が全体の4割を占めていたのが、最近では30代の自殺率が漸増しつつあり、終身雇用制を維持できないどころか、職場で若い人を育てる余裕を失っている我が国の最近の経済状況を示しているかのようです。このような状況の中で、「うつ」対策が時代のニーズとなっています。自殺原因のすべてがうつ病ではありませんが、5割近くの背景にうつ病が存在すると考えられています。

 「うつ」という言葉がこれほどマスメディアや一般の方の会話に登場した時代はありません。しかし、「うつ」という言葉の広がりは、精神障害の早期発見に役立っている半面、「うつ」という言葉をめぐって困った問題も起きています。一言で「うつ」と言っても、その中には種類の違うものが沢山含まれており、「うつ」と言っただけでは何も言っていないに等しいと言っても過言ではありません。最近は、これら種類の違うものをひっくるめて「うつ病」と呼び、「軽症うつ病」等と質の異なるものを程度の差で言い表したり、また「うつは心の風邪」と言ったりします。また、巷では、精神科医が「うつ病」を過剰に診断しているとか、医師によって診断や処方が違う等といった声も聞かれます。精神科医療の現場では、従来のうつ病に対する対応方法だけでは通用しない、新型のうつ病が増えています。


2.「うつ病」とは何か

 気分が落ち込んで、ゆううつで、何もやる気がしないという「うつ状態」は、日常しばしば経験する事ですが、
 (1)原因がはっきりしていて、
 (2)その原因でゆううつになった事は十分に理解でき、
 (3)一定の時間が経つと自然に回復していく、
と言った場合は、「正常なうつ状態」です。うつ状態から自力では回復できなくなった状態が「うつ病」です。強いうつ状態が2週間以上続いている場合はうつ病の可能性が高いと言われます。うつ病は「気の持ちよう」では治らず、治療が必要です。


3.「うつ病」の症状

 ゆううつでやる気がしない等の「心の症状」と、不眠、食欲低下、倦怠感、痛み等の「体の症状」とがあります。「体の症状」が目立ち、「心の症状」が目立たないうつ病を「仮面うつ病」といいます。うつ病患者の9割は最初に精神科以外の科を受診し、そこでうつ病と診断されるのは約半分と言われます。うつ病は、「心の症状」ではなかなか気づかれないので、一般的な症状でありながらうつ病発症の重要なサインである「不眠」に気づくことが、早期発見に有用です。不眠が2週間以上続く場合は、うつ病の可能性があります。

4.「うつ病」の異種性~「うつ病」にも様々な種類がある

 一般の方が「医学的分類」を深く知る必要はありませんが、基本的な事を知っておくといろんな事が理解しやすくなると思います。

 昔はドイツ流の精神医学が主流で、精神疾患を原因によって分類していました。生来の素因が原因で起こる、いわば持って生まれた病気を「内因性精神病」と呼び、「統合失調症(かつての精神分裂病)」と「躁うつ病(=内因性うつ病)」がこれに含まれていました。うつ病はいくつかの原因で起こりますが、素因が原因で起こるものは「内因性うつ病」、それ以外の原因で起こるものは「反応性うつ病」、「神経症性うつ病」等と呼ばれていました。しかし、「内因性うつ病」も環境の変化やストレス等の誘因が引き金になって起こる事があり、実際には原因がわからない事が多く、「内因性うつ病」の原因が解明されている訳でもありません。発病のしくみが解明されていないのに、あたかも体内に原因があると断定するような「内因性」という言葉を使うのは適当でないという意見も強くなってきました。

 その後はアメリカ流の精神医学が主流となり、精神疾患を原因ではなく症状や経過によって分類するようになりました。アメリカのDSMという診断基準には「双極性障害」、「大うつ病」等の病名があり、「双極性障害」には「双極I型障害」と「双極II型障害」、「大うつ病」には「メランコリー型」等といった更に細かい分類があります。大うつ病の「大」は「重症」という意味です。従来のドイツ流精神医学における「躁うつ病(=内因性うつ病)」のうち、双極性うつ病は「双極性障害」に、単極性うつ病は「大うつ病、メランコリー型」に相当し、その他のうつ病も「大うつ病」に含まれます。また「神経症性うつ病」は「気分変調症」に、「循環性格」は「気分循環症」に相当します。

 
「うつ病」概念の変遷
     
<昔:ドイツ流精神医学>   <現在:アメリカ流精神医学>
循環性格 気分循環症
(「双極性障害」発症前の前駆状態と考えられる)    
躁うつ病(=内因性うつ病)    
・双極性うつ病
(躁状態を呈するもの)
双極性障害
    ・双極I型障害
(完全な躁状態になるもの)
・双極II型障害
(軽躁状態に留まるもの)
    大うつ病
・単極性うつ病
(うつ状態だけを呈するもの)
・大うつ病、メランコリー型
反応性うつ病 ・その他の大うつ病
(誰でもうつ状態になるような原因があってひどいうつ状態になるもの)    
神経症性うつ病 気分変調症
(性格的な弱さがあり心理的葛藤が原因となって軽いうつ状態が長く続くもの)    
    非定型うつ病
 

 「非定型うつ病」とは、三環系抗うつ薬が効かないがMAO阻害薬の効く患者群の特徴を記述したもので、アメリカで数十年の歴史がある疾患概念です。これは「双極性障害」、「大うつ病」、「気分変調症」と横並びの分類ではなく、それらと重複してつけることができる診断名です。典型的なメランコリー型うつ病とは違った下記の特徴があります(DSMの診断基準)。

A.気分反応性(良い事があると晴れ、嫌な事があると落ち込む)
B.次の特徴のうち2つ以上

  1. 過食(著明な体重増加または食欲の増加)
  2. 過眠
  3. 鉛様のマヒ(倦怠感が著明で、手足が鉛の様に重い)
  4. 対人関係で拒絶されると過敏に反応する

その他には、メランコリー型うつ病とは下記の様な違いがあります。

 
  メランコリー型うつ病 非定型うつ病
性別・年齢 中年期の男性に多い 若い女性に多い
病前性格 まじめ
几帳面
責任感が強い
よい子タイプ
自己主張をしない
他人の目を気にする
症状 自責的
身だしなみにも気を使わなくなる
周囲にも具合が悪いとわかる
他罰的
不安が強くなったり、キレる
性格のせいと見過ごされがち
時間 午前中にうつ症状が強い
(朝刊シンドローム)
午後から夜間にうつ症状が強く、深夜にひとりで泣いたりする(夕暮れうつ病)
 

うつ病と診断される患者のうち、3~4割が非定型うつ病であると言われています。
情緒不安定な「境界性パーソナリティー障害」と似ていますが、非定型うつ病では、
 (1)病前はしっかりしたよい子で、社会適応していた
 (2)他人を操ろうとしない
 (3)自分と治療者以外の他者を適切に評価できる
という点が鑑別のポイントです。
「パニック障害」の人の7~8割は生涯を通じて一度はうつ病になる事がわかっており、そのほとんどが非定型うつ病と言えます。

5.「うつ病」の併存症

 「うつ病」には多くの場合併存症があり、「うつ病」と診断しただけでは、問題の半分を言っているに過ぎません。

 「うつ病」の6割に何らかの不安障害が並存し、3割に「社交不安障害(Social Anxiety Disorder=SAD)」が併存し、殆どの場合においてSAD発症がうつ病発症に先行しているといわれます。昔、我が国では「対人恐怖」、「赤面症」、「あがり症」、欧米では「パーティー恐怖」、「スピーチ恐怖」等と呼ばれていたものが、SADに相当します。SADは平均発症年齢が13~14歳で、学校や職場での日常生活に大きな支障を来たし、15歳以前に発症した人の7割がうつ病になると言われ(一般人の発症率1割強よりもはるかに高い)、SAD発症から受診までに平均10年もの開きがあり、本人は性格だと思い込んでいるので受診しても見逃されやすく(うつ病にSADが並存している場合、SADと診断されているのは僅か15分の1)、うつ病が治ってもSADの為にうつ病が再発しやすい、という問題があります。治療は、うつ病には抗うつ薬と休養が基本であるのに対し、SADにはSSRI(抗うつ薬の一種)と暴露療法(緊張場面に慣らしていく、認知行動療法の一種)が基本となります。

6.現代の「うつ病」

 現在の「うつ病」は、昔の「うつ病」よりも広いものを含んでいます。「うつ病」といえば、昔は主に「内因性うつ病」を指していたのが、現在ではほぼ「大うつ病」を指し、「治療を要するうつ状態」という意味です。「うつ病」は一つの病気ではなく「うつ状態を呈する症候群」であって原因はまちまちです。治療薬の選択、他の治療法(例:認知行動療法、電気けいれん療法等)の追加、今後の対応策を考えたりする際には、どのタイプの「うつ病」なのかを判断する必要があります。

 更に、最近は「双極スペクトラム障害」といって、双極性障害とうつ病を連続体ととらえる考え方が出てきました。「躁うつ病」が「双極性障害」と「大うつ病」に分かれたのを、再び単一疾患とする考えに逆戻りする様にも見えますが、現在の診断基準でうつ病とされる患者の中には、双極性の要素が混入している場合が多く、こうした例は抗うつ薬投与を慎重にし、抗躁薬を用いる等、双極性障害としての対応を行うべきである、と言われています。「大うつ病」の基準しか満たさないが、将来「双極性障害」に移行する可能性のある患者を早期発見する有力な手がかりとなります。

 一方、我が国では「現代型うつ病」がトピックとなっています(逃避型うつ病、未熟型うつ病、ディスチミア親和型うつ病、等とも呼ばれます)。従来、うつ病になりやすいとされてきた性格とは著しく対照的な性格を有する若者に見られる新しいタイプのうつ病です。病前性格は症状の出方にも大きな影響をもち、従来のメランコリー型うつ病とは症状の特徴も異なる為、単なる「わがまま」と思われがちですが、診断基準上は「うつ病」そのもので治療が必要なのです。現代型うつ病は軽症である為に、様々な心理的葛藤、周囲の状況の影響、患者自身のエネルギーレベル、心理的傾向性等が修飾因子として働き、病像を修飾するのです(例:仕事には行けないが、遊びには行ける等)。現在20~30代の若者たちは社会的な秩序や役割意識が薄く、自由な雰囲気の中、個性的である事をよしとして育てられてきた世代です。しかし、就職してみると、「自由」等はなく、「個性」よりも「枠からはみ出ない事」が求められます。そんな中で、上司を始めとした上下関係の中であつれきを生み、職場で強いストレスを感じてうつ状態に陥ってしまうのです。ただ、現在20~30代の若者たちが置かれている労働環境も、おおらかさやゆとりがあった昔とはかなり異なり、管理体制の強化、人事・業績評価の強化、電子技術の導入、対他社関係や顧客対応での完全性の要求が進行し、職場構成員間では対他配慮性が一層欠如し、時にハラスメントにも至るといった状況であり、そうした事も発病の契機となると思われます。「現代型うつ病」は正式な名称ではなく、それをどう位置付けるかについては意見がまとまっていませんが、従来の「神経症性うつ病」の延長線上にあると考えられます。

 
  メランコリー型うつ病 非定型うつ病 現代型うつ病
性別・年齢 中年期の男性に多い 若い女性に多い 現代日本の若者に多い
病前性格 (メランコリー親和型性格、または執着性格)
几帳面
物事にこだわる
真面目
人に気をつかい他者に合わせようとする
職務やルールに忠実
融通がきかない
頭が固い
よい子タイプ
自己主張をしない
他人の目を気にする
自己自身への愛着が強い
規範に対してストレスを感じて抵抗する
元々仕事熱心ではない
秩序への否定的感情と漠然とした万能感が認められる
症状 重症、自責的
周囲にも具合が悪いとわかる
抑制症状を主体とする
軽症、他罰的
性格のせいと見過ごされがち
気分反応性、過食、過眠、鉛様のマヒ、拒絶への過敏性を特徴とし、不安が強くなったり、キレる
パニック発作と併存
軽症、他罰的
単なる「わがまま」と思われがち
回避症状を主体とする
時間 午前中にうつ症状が強い(朝刊シンドローム) 午後から夜間にうつ症状が強く、深夜にひとりで泣いたりする(夕暮れうつ病) 職場を離れると元気になる
対応方法 「服薬と休養で治る」という保証を与える
自殺率が高い為、要注意
休職よりも環境の変化に期待し、生活リズムを崩さない事が重要
家族の対応としては、本人の病気を理解しつつも過保護にはしない事が重要
 

7.診断について

 精神科では、血液検査や画像検査ですぐに診断がつく訳ではなく、上記のように症状や経過から診断をします。従って、一時の症状だけでなく経過を見ないと確定診断ができず、暫定診断から確定診断へと、経過を見るうちに診断が変わる事があります。また、「うつ病」自体が増えたのか、受診者が増えたのか、「うつ病」概念の拡大によるのか、「うつ病」と診断され治療の対象となる患者数は1980年代から20年あまりの間に10倍に増えています。

8.うつ病の療養の基本

 うつ病が治るまでは、重大な決断(退職、離婚、等)は先延ばしにするのが原則です。なぜなら、うつ状態では患者さん本来のものの見方、考え方ができない為、重大な決断をすると、後で後悔する結果になるからです。

 うつ病の療養の基本は、「薬物療法」と「休養」です。

 うつ病は、(1)症状が重い、(2)自殺の危険がある、(3)家に患者の様子を監視できる人がいない、(4)家では休養ができない、といった場合には入院が必要です。軽躁状態は外来でも対応可能ですが、躁状態では入院が必要です。

 「薬物療法」は、うつ病には抗うつ薬を、双極性障害には抗うつ薬ではなく抗躁薬を使います。

 うつ病の「休養」は、ストレスから開放され、自分にとって何が休養になるかを探し、したいようにする事が大切です。

 うつ病の患者に「励まし」と「気晴らし」は逆効果です。うつ状態になると抑うつ気分、意欲低下等の症状がみられます。意欲とは意思と欲動をあわせたものです。うつ病では、「やらないといけない」という意思はあるが欲動が低下していてどうしてもできないという状態に陥ります。頑張りたくても頑張れない現状にぶち当たると、そんな自分に嫌気がさし、さらに悲観・絶望してしまうのです。激励に応じる事ができない本人の辛さを十分に理解し、「そっとしておいてあげる」事が最も大切です。ただ、叱咤激励式の励ましは禁忌ですが、「あなたは今までよく頑張ってきたのですね」等といった、温かい支えになるような励ましはあった方がいいとも言われます。また、「気晴らし」とは健康な人がそのエネルギーを別の方向に向けて楽しむものであって、うつ病の患者さんにはそのエネルギーはありませんから、「気晴らしに温泉でも行けば」と温泉に連れて行くと、患者さんは温泉でエネルギーを使い果たして帰って来る事になります。

 うつ病は、(1)休養が必要な「休養期」、(2)徐々に回復してくる「回復初期」、(3)外出ができるようになる「回復後期」、(4)復職に向けて負荷をかけていく「復職の準備期」、(5)復職して気分に揺り戻しが出る時期、といくつかの段階に分けられます。休職初期の「休養期」にはゆったりと心と体を休め、「回復初期」には生活リズムを整え、「回復後期」には散歩、有酸素運動(うつ病の治療にも予防にも効果的)で基礎体力づくりをし、「復職の準備期」には図書館通い等のリハビリをします。リハビリの時期が、軽く励ましの言葉をかけるタイミングです。抗うつ薬がぴったり合っていれば、2~3週間で効果が出始め、3ヶ月位で正常気分に戻り復職もできますが、その後少なくとも6カ月位は同じ量で服用を続けないと、うつ状態がぶり返す恐れがあります。

 一方、「非定型うつ病」や「現代型うつ病」等、青年期のうつ病の場合には、「服薬と休養で治る」という保証を与える事は得策ではなく、休職よりも環境の変化(特に人事異動や上司の叱責、同僚、部下との不和が発症の契機となった場合には、さらなる人事異動等)に期待し、生活リズムを崩さない事が重要です。なぜなら、休職後の復職は、中高年男性に多く秩序志向性の強いメランコリー型うつ病患者にとっては歓迎すべき事であるのに対し、仕事をストレスと感じている青年期のうつ病患者にとっては回避行動の終焉とストレス状況への復帰を意味し、復職に難渋する事になるからです。家族の対応としては、本人の病気を理解しつつも過保護にはしない事が肝要です。

9.うつ患者の自殺予防

 自殺は行動力の出てくる回復期に発生する確率が高い為、状態が良くなったからといって、気晴らしに一人で外出させたりするのは非常に危険です。メランコリー型うつ病は、どんなに軽症であっても、また初期であっても、希死念慮が必発であり、自殺企図が多いと言われます。

 一般に、うつ病患者の場合は、死にたい気持ちと自殺の間に連続性があって、死にたいと思っても、自分を思ってくれている家族や治療者の事を考えると思いとどまる事ができます。つまり、自殺をしないと約束させる事が自殺予防につながるのです。自殺を話題にする事で自殺を誘発する事はありません。一方、境界性パーソナリティー障害を背景に持つ患者の場合は、死の衝動が突然襲ってくるので、そんな時に家族や治療者の事を考えても抑止力にはなりにくいと言われます。

 自殺を実行に移す前には、多くの場合、何らかの前兆があります。たとえば、周囲に対して「遠くに行きたい」、「消えてしまいたい」、「死んだ方がましだ」等と言い出す、突然態度が変わる、身の回りの物を処分する、等です。相談された時は、話題を避けず、よく話を聞いてあげて下さい。その上で、「死にたいと思うのは病気の症状の一つである」事を話し、患者さんが治療に取り組めるよう努めましょう。自殺の危険がある場合には、監視している事があからさまにならないよう「それとなく目を離さないようにしている」という配慮が大切です。

10.ストレスについて

(1)認知
 物事をどう受け止めるかという認知のあり方によって、ストレスの性質が大きく変わります。認知の歪み(否定的な思考の癖)があると、うつや不安障害の原因になります。

例1)仕事で失敗して上司から叱られた。

Aさん: 「こういう失敗はよくあるから、次から気をつけよう。」
Bさん: 「自分は能なしだ。自分のような人間は会社にはいない方が良い。」
 

例2)部長にあいさつしたが返事がなかった。

Aさん: 「部長は疲れているんだな。体調は大丈夫かな。」
Bさん: 「無視された。自分は必要とされていない。」
 

例3)ある人から嫌われた。

Aさん: 「誰からも好かれるなんて事はあり得ない。あの人とは相性が悪い。」
Bさん: 「自分は嫌われ者だ。どこへ行っても嫌われる。」
 

 私たちは、自分なりのフィルターを通して世界を見ています。つまり、自分で作り出した世界を生きて一喜一憂しているところがあります。瞬間、瞬間に頭に浮かんでくる考えやイメージの事を「自動思考」と言い、「自動思考」を生みだすもとになっている考え方の癖を「スキーマ」と言います。認知の歪みがあると、それによって精神状態が悪化し、それによって認知の歪みが悪化する、という悪循環に陥ってしまいます。認知の歪みを修正して現実的で柔軟な思考に変える「認知療法」がうつや不安に有効である事が実証されています。

(2)ストレスコーピング

 ストレスへの対応のあり方や対処法をストレスコーピングといいます。ストレスコーピングはストレスの分かれ道となります。よりよいストレスコーピングとは、より多くのコーピングの方法を持ち、その時々に応じて適切なコーピングの方法を選択する事によって、個人の能力に応じたよりよい結果が得られるようにする事です。

  • 有効なストレスコーピングの例:経験のある人に相談する。
  • 無効なストレスコーピングの例:やけ酒を飲む。

(3)ストレスマネージメント

 不要なストレスは減らさなければなりませんが、適度なストレスは人のパフォーマンスを向上させます(適度なストレスは人生のスパイス)。ストレスを個人にとって適度なものとするための方法をストレスマネージメントと言います。ストレスのマイナスの部分を弱め、個人のストレスに対する耐性を高める事がストレスマネージメントの目標となります。

 

I 運動・栄養・生活習慣

II リラクセーション:自律訓練法、ヨガ等

 
 

参考文献:
精神科治療学 Vol.25 増刊号 今日の精神科治療ガイドライン2010年版 2010年10月
精神科治療学 Vol.24 No.1 特集 改めてうつ病中核群を問う 2009年1月
日本医師会雑誌 第138巻・第11号 特集 働く人のうつ病 2010年2月
神庭重信 黒木俊秀編集 現代うつ病の臨床 創元社 2009年
久保木富房 坪井康次 神庭重信編集 プライマリケア医のためのうつ病診療 メジカルビュー社 2009年
野村総一郎 内科医のためのうつ病診療 第2版 医学書院 2008年
加藤忠史 双極性障害 医学書院 2011年
加藤忠史 うつ病の脳科学 幻冬社新書 2009年
貝谷久宣&不安・抑うつ研究会編 非定型うつ病 日本評論社 2008年
貝谷久宣監修 非定型うつ病のことがよくわかる本 講談社 2008年
五十嵐良雄 ササッとわかる「うつ病」の職場復帰への治療 講談社 2009年
町沢静夫 改訂新版 ボーダーラインの心の病理 創元社 2005年
大熊輝雄監修 「うつ」が気になる人の本 サンマーク出版 2002年
佐藤壷三 新体系看護学 精神看護学(2) 精神障害を持つ人の看護 メジカルフレンド社

 

(3)ボーダーラインパーソナリティーについて

境界型人格障害(ボーダーライン・パーソナリティー・ディスオーダー)とは?・・・・・・・・・
「情緒不安定な人格」をイメージすると分かりやすいと思います。見捨てられ感が強く、自分のイメージが曖昧であるが為に生きづらい人達です。


1.境界例(ボーダーライン・ケース)の概念の変遷

(昔)  「神経症と精神病の境界例」とされていたのが、

(現在) 「境界型人格障害」と位置づけられています。

 現在の境界例研究者の多くは、境界例を早期幼児期の発達障害が構造化されてパーソナリティー障害となったものととらえています。つまり、乳幼児が母親との未分化な存在から一個の独立した個人となるまでの過程の正常な進展が阻害された場合に、それが固定し構造化されて、第二の分離固体化期である青年期に顕在化するというのです。

2.症状:アメリカ精神医学会の診断基準(DSM-IV-TR)

 境界性人格障害は、対人関係が広範囲に不安定であり、そしてまた自己イメージも感情も不安定である。成人初期から顕著な衝動性が起こり始め、以下に示される内容がさまざまにみられるものである(以下のうち五つ以上)。

(1) 人に見捨てられるという事を懸命に避けようとし、そしてまた見捨てられる事の想像ですら懸命に避けようとする
(2) 対人関係のパターンは、極端に理想化したかと思うと価値下げを行い、そのゆれは大きいものである。
(3) 同一性障害であるが、これは自己イメージや自己というものの感覚が顕著に、しかもいつも不安定である。
(4) 衝動的であるという事。特に二つの領域でそうである。自分に傷害を与える事、たとえば金遣いが荒かったり、性的に問題であったり、あるいは物質乱用を行なったり、向こう見ずな運転や過食発作などがみられる、というような、自分に傷害を与えるような強力な衝動性。
(5) 再三にわたる自殺の行動や身振り、あるいはまた自分を切る行動のおそれなどがみられる。
(6) 感情の不安定さは、気分に対して反応性が顕著に高いことから起こるものである。
(7) 慢性的な空虚さ。
(8) 不適切で強い怒り、あるいは怒りをコントロールする事の困難さ。
(9) 一過性のストレスに関連した妄想的な考えや深刻な解離的な症状があるという事。

3.ボーダーラインの成因としては下記の説が有名です。

(ア) 葛藤(両価性)理論
  •  カーンバーグ:乳幼児の内界には「良い」と「悪い」が分裂して存在するが、ボーダーラインは素因的に攻撃性が強いため「悪い」が優勢になり、「良い」を汚染してしまう恐れがある。それを防ぐために分裂機制が発動して「良い」対象関係を保護する。カーンバーグは内的攻撃性の強さとそれによる内的対象関係の病理を境界例の病因と考えており、現実の環境は重視していない。
  •  マスターソン:カーンバーグがボーダーラインの病因を主として患者の側の攻撃性においているのに対し、母子関係、とくに母親の養育態度の方を重視している。ボーダーライン的な母親が子供にしがみつき、子供が分離し始めると見捨てるぞという脅迫を行い、その結果子供に「見捨てられ抑うつ」が生じ、これが構造化されたものが第二の分離固体化期である思春期に顕在化する。一方、「日本では母子密着は珍しい事ではない為、マスターソンの説は当てはまらない。ボーダーラインの基本障害は衝動性と愛情飢餓であり、それによりアイデンティティ(自己同一性)を保てず、実際に人から見捨てられてしまい、二次性に見捨てられ感が生じる。日本ではボーダーラインの家庭はしつけなき過保護が多い」との意見もある。
(イ) 欠損理論
  •  アドラー:乳幼児期に患者が処理しかねる体験を母親が抱え慰めてやることがなかった、すなわち自己対象機能を果たしてやらなかったので、患者がその機能を取り入れ内在化して自分で自分を抱え慰める機能を発達させることができなかった。
(ウ) 外傷理論
  •  ハーマン:ボーダーラインを自らの提唱する複雑性外傷後症候群(複雑型PTSD)ととらえている。

4.ボーダーラインの心の病理

  •  分裂機制(スプリッティング):自分に対しても、他人に対しても「良い」と「悪い」が分裂しているため、理想化とこきおろしが見られ、「善か悪か、完全か不完全か、愛か憎しみか、白か黒か」という極端な二分法であり、その中間的な観点がとれません。
  •  他のパーソナリティーとの連続体という考え方:共通する特徴は自己像の両極化とコントロールという機制です。この3つのパーソナリティーをもつ人は共通して、愛される・優れた・良い自己像と、愛されない・劣った・悪い自己像の両者をもち、彼らは一方で自分のことを人並みはずれたよい自分と考え、他方で人並み以下の劣った悪い自分と考えていて、統合された安定した自己像をもっていません。

【ボーダーラインの心の病理】

ボーダーラインの心の病理

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(1) 強迫パーソナリティー:両自己像は多かれ少なかれ同時に意識されています。彼らは一方で自信がなく、自らを劣った存在と思っているようにみえますが、それは実は全てを知り全てを行なうことができる全知全能の自己像を基準にして判断されています。彼らはたとえ今はできないとしても本当はできるはずだと考えています。
(2) 自己愛パーソナリティー:劣った・悪い自己は否認されて、優れた・良い自己のみが意識に上っています。彼らは外界や他者をコントロールすることでよい自己像が保たれるように努めますが、他者は必ずしもコントロールできないので、そこに失望や傷つきが生じ、これらに対して彼らは怒りで反応します。他者に対して怒ることで、劣った・悪い自己像が意識に上るのを防いでいると考えられます。
(3) 境界パーソナリティー:優れた・良い自己像と劣った・悪い自己像は分裂し、患者は交代性にその一方を生きます。一方が活性化しているときには他方は意識化されません。しかしこの分裂は完全に成功しているわけではなく、彼ら自身自己が変わってしまうことにどこかで気付いていて、そのことを恐れ当惑しているようにみえます。

5.ボーダーライン的な心性を持つ人への対応

  治療に関しては未だ十分な合意は得られていませんが、共通項としていえる事は、ボーダーラインの治療は人格の核心をついた触れ合いというものがなければ進まないという事、限界設定と治療目標を意識させる事がとても重要だという事です。

(1) 治療構造(枠組み)の設定、限界設定(「してはいけない」とはっきりいう事):
 精神科の診療は主に薬物療法、精神療法から成り立っています。精神療法の第一歩は治療構造の設定です。治療構造とは、診察に特別な意味を付与し、かつ患者と治療者を保護するものであり、治療構造なくして精神療法は成立しません。我々が白衣を着ている事、診察の回数、曜日や場所が決まっている事、その他諸々の約束事等がこれにあたります。ボーダーラインの人の治療においてはとくに大切で、治療の契約・規則・方法・境界といった治療構造を明確に設定し、しっかりと維持し続ける必要があります。
 ボーダーラインの人は、心の深いところでは実は限界設定を望んでいます。試し行為や自傷行為等の行動化に対しては、感情的、道徳的に非難するのではなく、患者にとって自己破壊的結果をもたらすからすべきでないと明言します。自殺企図に対しては「してはいけない」と繰り返し言います。誤解されがちですが、ボーダーラインは精神疾患の中では最も自殺率が高く、自殺完遂率6%、自殺未遂を含めると90%にもなります。
 ボーダーラインの人は常に枠組みを壊そうとする傾向があるため、枠組みがないと周囲が振り回されます。ボーダーラインの心の病理は、一者でも三者以上でもなく、二者関係(母親、彼氏、治療者等との)に埋没した時に噴出しやすいという特徴があります。

(例)初心の治療者の中に生じやすい気持ちとその変遷

「力になってやりたい、助けてやりたい」

二者関係への埋没
「患者のことをわかってやれるのは自分だけだ」

病理の開花
「こんなはずではなかった」

生身の露呈
困惑と葛藤
「どうすることもできない、どうしてよいかわからない」

「悪いのはやはりおまえだ、おまえのような人間は皆に見捨てられて当然だ」
(2) 治療目標の明確化:
感情をコントロールできるようになること、「良い」と「悪い」とを一人の人として見られるようになることが目標です。30歳位~40歳位にかけて大部分の人は安定します。


参考文献:
成田善弘著 「改訂増補 青年期境界例」 金剛出版 2004年
町沢静夫著 「改訂新版 ボーダーラインの心の病理」 創元社 2005年
成田善弘編著「精神療法の実際」 新興医学出版社 1989年 
成田善弘著 「強迫性障害 病態と治療」 医学書院 2002年
河合隼雄・成田善弘編集 「こころの科学セレクション 境界例」 日本評論社 1998年

 

(4)モラル・ハラスメントについて

 家庭でも学校でも職場でも人間関係に悩んでいる人はたくさんいますが、その中にはモラル・ハラスメントの被害に遭っている人が相当数いると思われます。

 モラル・ハラスメントとは、そのまま訳せば「精神的な嫌がらせ」ですが、「精神的な暴力」あるいは「精神的虐待」くらいの強い意味を持っています。モラル・ハラスメントには、単なる職権濫用型のモラル・ハラスメントと、相手の健康な自己愛を破壊する事を目的としたモラル・ハラスメントとがあり、後者の方が悪質です。やり方は巧妙で、加害者は、まず被害者を精神的に自分の支配下に置き、自分は安全な立場に立ってから、被害者にも周囲にもそれと分からないような方法で行うため、被害者には自分の置かれた状況がわからず、周囲にも被害者が急におかしくなったかのように見えます。このため、モラル・ハラスメントを証明する事が難しいのです。被害者にはうつ症状をはじめ多彩な症状が見られ、その症状の重さは、モラル・ハラスメントの程度の激しさや、それが続いた期間の長さに密接に結びついていて、被害者の性格的な傾向にはそれほど関係がありません。ストレスの場合は仕事を休んだり、労働条件がよくなれば、また元のように元気に働く事ができますが、モラル・ハラスメントの場合は、その痛手からなかなか回復する事ができません。

 モラル・ハラスメントの加害者と被害者にはそれぞれ性格的な特徴があり、加害者には自己愛性人格、被害者にはメランコリー親和型性格が多いとされます。加害者は罪悪感を感じず、他人に責任を押し付け、人から尽くされて当然で、他人を支配したいと思っており、被害者は罪悪感を持ち易く、責任感が強く、献身的に人に尽くし、支配に屈しやすい、というように見事な対称を成しています。不思議な事に、被害者は、他罰的とならず、被害を受けたとは言わない傾向があるのに対し、加害者は、どんな状況にあっても、むしろ自分の方が被害者だと思っています。被害者が加害者に対して「自分に問題があったのではないか」とか「話せば分かり合える」と考え、相手に尽くしたり一生懸命説明したりする事は、無駄であるばかりか状況をますます悪化させる事になります。自己愛性人格には、「現実否認」という心の病理があって、自分を省みる事は絶対に出来ないのです。

 欧米では、多くの国々でモラル・ハラスメントを規制し処罰する法律が整備されていますが、日本では、セクシャル・ハラスメントに対する法律がようやくできたばかりで、モラル・ハラスメントに対する認識が不十分です。法律が整備されたからといって問題が解決する訳ではなく、大切なのはこの問題に対して皆が高い意識を持つ事だと思います。

<注>
パワー・ハラスメント(パワハラ)は造語であり、和製英語です。パワー・ハラスメントという言葉を生み出した岡田康子氏(クオレ・シーキューブ代表)の著書にある、パワー・ハラスメントの定義は下記のとおりです。

<岡田康子氏による定義>

 職権などのパワーを背景にして、本来の業務の範疇を超えて、継続的に人格と尊厳を侵害する言動を行い、就業者の働く関係を悪化させ、あるいは雇用不安を与えること。

 パワー・ハラスメントは、多くの場合、怒鳴ったり大声で責めたりなど、周りからみても明らかにやりすぎだというケースが多く、それを指摘するのは、それほど難しいことではありません。例えば、上司や先輩が、部下や新人に対して、繰り返し必要以上に大声で怒鳴ったり、厳しく叱責したりするケースなどです。
 また、強い口調でなくとも、モラル・ハラスメントの言動にみられるような、相手を無視したり、傷つける行為も、権力を背景としている場合はパワー・ハラスメントとなります。


参考文献:
マリー・フランス・イルゴイエンヌ著 高野 優訳 
「モラル・ハラスメント 人を傷つけずにはいられない」 紀伊國屋書店 1999年
マリー・フランス・イルゴイエンヌ著 高野 優訳 
「モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする」 紀伊國屋書店 2003年

 

(5)精神科ではカウンセリングで治すのではないのですか?

精神科の臨床には、(1)生物学的精神医学(バイオロジー)と(2)力動精神医学の二つの視点があります。

 (1)は精神症状を内科のように科学的な目で見る精神医学です。治療法としては薬物療法、電気けいれん療法などがあります。最近は新薬の出現が目覚しく、適切な薬物治療によって問題の半分は解決するのではないかと思われます。電気けいれん療法は、昔からある治療法ですが、抗うつ薬よりも抗うつ効果が高く、副作用も少ない治療法です。とはいっても、(1)はまだ、脳内の神経伝達物質の不均衡が精神症状に関係しているとか、PTSD(心的外傷後ストレス性障害)では脳の海馬という部位の萎縮及びコルチゾールというホルモンの分泌異常といった所見が見られるとか、断片的な事が分かっているに過ぎず、それらが統合されて精神科に科学万能の時代が来るとしても、それは遠い未来の話でしょう。

 (2)は精神症状を心理学的・社会学的な目で見る精神医学です。治療法としては精神療法などがあります。一言で精神療法と言っても、古典的な精神分析療法から、我々日本の精神科医が日々行っている支持的精神療法に至るまで、いろんなバリエーションがあります。精神科といえば精神分析をイメージする方がおられますが、これは多分にアメリカ映画の影響があると思われます。アメリカ映画には、カッコイイ精神科医が出てきて精神分析をする場面がありますが、これには、日本とアメリカのお国柄の違いを念頭に置く必要があります。日本は一億総中流で国民皆保険の国家であり、手間隙とお金がかかって効果の薄い治療法は保険診療では認められず、自費診療となります。一方、アメリカは超エグゼクティブと一般人とに二極分化しており、超エグゼクティブは自分の弁護士や自分の精神科医を抱えていて、精神分析を受ける事がステイタスになっていたりするのです。一回1時間1万円以上、それを週4回、しかも何年間も続けられる人が、日本にどれぐらいいるでしょうか?つまり、日本には本格的な精神療法が育つ土壌が乏しいのです。

 内因性精神病(統合失調症、非定型精神病、躁うつ病)では、百の精神療法よりも一粒の向精神薬の方が大切ですが、神経症や心身症などのストレス性疾患では精神療法の比重が大きくなります。精神療法に熱心な精神科医は薬物治療に無知であったり、薬物治療に精通した精神科医は精神療法に無関心であったりという事がありますが、現時点では、物事を複眼的に見るようにしないと、患者さんのニーズに応える事は出来ないと思います。

 

(6)子供にどう対応したら良いのかわかりません

 かつては「母性本能神話」、つまり「母親には母性本能があるのだから子供を可愛いと思うのが当たり前」という考えがあって、多くの母親達を苦しめていました。人間は本能だけで子育てをする訳ではなく、母親自身の生育歴や母親を取り巻く環境等が子育てに影響するので、時には子供を憎いと思う事があっても当然で、しかし「憎い」気持ちよりも「可愛い」気持ちの方が勝っているから子育てができる、というのが本当のところでしょう。

 ずいぶん昔、「スポック博士の育児書」という有名な本があったのですが、そこには「マニュアル育児をしてはいけません」と書かれています。世の中には育児書が星の数程ありますが、洋の東西を問わず今も昔も共通して言われている原則のような事はあります。つまり、赤ちゃんの時は甘えさせる事が大事。幼児期は躾が大事。学童期は教える事が大事。思春期以降は自分で考えさせる事が大事で、親は子供に愛情を持ちつつも距離を置いて見守る事が望ましいのですが、この「見守る」という事が親自身を不安にするのでなかなか難しいようです。親の仕事は大きく分けると二つあり、一つは子供を抱きしめてあげる事、もう一つは子供を手放してあげる事です。親は子供の人生に侵入してはいけないのです。

 子供が安心して親離れをする為には、子供が思春期を終えるまでは、親は子供からの批判に耐えて親らしさを保ち続ける必要があり、これを精神分析の言葉で「サバイバル」と言います。「親として生き残る」という意味です。難しく考える必要はなく、親に子供への愛情がある事が前提で、親が自分の子育てに自信をもって子供に接すれば良いのです。

 一方、子供に「発達障害」が疑われる場合は、一般論を当てはめる事はできません。早期に専門家による診断と指導を受ける必要があります。そうする事により、子供は自分の可能性を最大限に活かして社会に適応する事が可能となりますが、対応が遅れると二次障害と言われる症状が出て、社会適応が難しくなる事があります。ちなみに、滋賀県では、滋賀県立小児医療センター「こころの診療科」外来で確定診断を受け、発達障害支援センター「いぶき」で専門的な指導を受ける事ができます。

 

(7)大量服薬について

 いろんな動機で大量服薬をする人達がいます。

 現代の精神科の薬は、大量に服用をしても、生命を落とす事はほとんどありませんが、脳に記憶障害等の後遺症が残ります。本人が自覚しているかどうかは別として、「自分がどれだけ辛いかわかってもらうために」とか、「自分が見捨てられないか試すために」といった動機から大量服薬をする人がいますが、その行為は本人の目論みに反して自分が実際に見捨てられるという結果を招いてしまいます。つまり、大量服薬は、自分にとって破滅的な結果をもたらすだけで、何一つ良い事はないのです。

 救急外来に搬送される患者の5~10%が急性薬物中毒で、最も多いのが向精神薬の大量服薬です。大量服薬は、衝動制御困難な自傷症候群とは違い、何らかの目的を持って行われる行為です。自分の意思で大量服薬をした人に救急隊や救急外来の手が取られている間に、他の誰かの命が危険に晒されるでしょう。救急でたらい回しにされて命を落とすケースが問題となっていますが、大量服薬者にその責任がないと言えるでしょうか?責任能力とは法的には「善悪の弁別能力及び制御能力」を意味し、責任能力が問題となるのは、幻覚妄想に支配されている等、精神障害が高度な場合のみです。

 精神科の治療は、「治療構造の設定」、つまり治療の枠組みを設定し、それをしっかりと保ち続ける事が前提となります。治療構造とは患者を守り、治療者を守り、治療全体を守る為に必要な事なのです。例えば、薬を決められた通りに服用するとか、治療の妨げになる行為をしないとか、その他の約束事がこれに当てはまります。精神科の治療が上手くいくかどうかは、精神科医の腕だけではなく、環境にもよりますし、患者さん自身の治療意欲にもよります。つまり治療責任の一端は患者さん自身にあるのです。また、大量服薬があると、精神科医に対して多方面から苦情が出ます。大量服薬は、患者さんを信頼して薬を処方している主治医を裏切る行為です。

 大量服薬をする人は、その行為が自分や他者にもたらす結果について考えてみる必要があるのではないでしょうか?

 

(8)サイコパスについて

「反社会性人格障害」は表面上の所見に基づく診断名、「サイコパス」は心の病理に基づく診断名です。

「反社会性人格障害」は、他人の権利を無視し侵害するもので、

  1. 社会規範に適合しない
  2. 嘘をつく
  3. 衝動性
  4. 易怒性および攻撃性
  5. 自分または他人の安全を考えない
  6. 無責任
  7. 良心の呵責の欠如

のうち3つ以上によって示されます。犯罪者に多いタイプです。他の人格障害の多くは思春期を過ぎた頃から顕著になりますが、反社会性人格障害は子供の頃から問題児で、簡単に言うと、ただの「ワル」です。18歳未満の場合は人格に可塑性があるとの考えから「行為障害」と診断されますが、実質的にはほぼ同じで、治りません。加齢によるエネルギー低下により犯罪行為への関与は減少しますが、上記の人格特性は持続します。アメリカのデータでは、男性の3%、女性の1%となっており、その中に「サイコパス」が約60%含まれています。

「サイコパス」は、

  1. 共感性がなく(他者の感情、権利、及び災難に対して無情で冷笑的)、
  2. 傲慢な自尊心をもち(平凡な仕事等を軽蔑的に思う)、
  3. 口が達者で表面的な魅力を示す、

といった特徴があります。精神医学の基礎を築いたドイツのクレぺリンは「社会の敵」と呼んでいます。許容されない行動が発覚すると、みじめな気持に襲われたり、自殺を考える事もありますが、それは決して通常の人の抱く罪悪感と同じではありません。共感性が欠如している為、犠牲者の身になって考える事が出来ず、反省する事はないのです。アメリカのデータでは、サイコパスが共感性を獲得する事は殆ど不可能です。ドイツの精神医学者であるシュナイダー(注)は、「矯正・教化不能な者」と述べ、カナダの犯罪心理学者でブリティッシュコロンビア大学の心理学教授ロバート・ヘアーは「サイコパスは死ぬまでずっと自己中心的で、反社会的行動をとる」と述べ、人格障害の臨床に精通した精神科医である町沢は、「治療により治った例は殆どない」と述べています。反社会性人格障害は主に反社会的行動の有無から診断されますが、サイコパスは人格特性と社会的異常行動の両方から診断されます。従って、犯罪者が必ずしもサイコパスではないという事になります。また、サイコパスは犯罪者のみならず一般社会にも見られ、知能が高い場合には対人関係や法律上問題とならずに社会的に成功している例もあります。ケヴィン・ダットンは、魅力、一点集中力、非情さといった特性が高く、衝動性や無責任といった反社会的側面が低い(あるいは自己調節できる)「機能的サイコパス」が社会的に成功するのだと述べています。サイコパスは、「社会の捕食者」とも表現され、アンジェラ・ブックによれば他者の弱みを嗅ぎつける能力に長けており、ケント・ベイリーによれば狩猟や侵略の時代にはその捕食性が種の保存や民族の存続に有利に働いた為に進化を遂げてきた、との事ですが、現代の発達した社会においては、反社会的なサイコパスから社会を守る為の強固なシステムが必要です。ヘアーは、「サイコパスから身を守る最良の方法は、この捕食者の性質を理解することだ」と述べています。サイコパスは、うつ病などの疾患とは違って治らないので、精神医療の対象となることもなく、一般社会への啓蒙もされていませんが、社会の損失を未然に防ぐ意味で知識の共有が必要だと思います。サイコパスという言葉がネット上で一人歩きしていますが、サイコパスの正しい理解の為には、参考文献5)を御一読ください。

(注)ただし、シュナイダーのサイコパス概念(1934)は広く人格異常を指し、10類型に分類されています。その中の、「情性欠如者」、「爆発者」、「意志欠如者」等が、その後のアメリカ精神医学会の精神疾患分類DSMにおける「反社会性人格障害」にほぼ相当し、「情性欠如者」が、現代のサイコパス概念の中核に相当します。「情性欠如者」は、些細な事で激昂する「爆発者」とは異なり、冷静沈着に犯罪行為を行い、「情性欠如」と「爆発性」が結びつくと凶悪犯罪を招き、「意志欠如者」は意志の弱さから軽犯罪を繰り返す、と言われています。DSMにおける「反社会性人格障害」の診断基準では、行動の結果のみに注目し、行動に先立つ認知・感情・思考パターン、更にいえば「生き方そのもの」の特徴には言及していない為、潜在的な危険性の予測には限界があります(サイコパスは、そうでない犯罪者と比較して釈放後1年以内の再犯が3倍、暴力的な再犯については4倍高い)。その意味で、アメリカの精神科医ハ―ヴェイ・クレックリー(1964)は反社会的な人物の本質的な特徴に迫るべくサイコパスを本格的に研究し、その後、ヘアー(1991)らが、クレックリーのサイコパス概念に基づいてサイコパスのチェックリストを作り上げました。ヘアーのサイコパス概念には、シュナイダーの「情性欠如者」にはなかった「口が達者で表面的な魅力を示す」という特徴が加わっています。アメリカ精神医学会による公式見解では、「反社会性人格障害」はサイコパスと同義語ですが、実際には上記の様な乖離があります。

 なぜすべての人が善でないのかという疑問は、何世紀にもわたって神学者たちの議論の的となりました。なぜなら、神がこの世に悪を作り出したという事になってはまずいからです。この良心に関する神学的矛盾を解決(?)したのが、13世紀の神学者トマス・アクイナスで、それは「人間があやまった判断や行動をするのは、良心が欠けているからではなく、間違いやすい判断力のせいである」というものでした。この考え方はアクイナスから800年近くたった今も根深く残っており、人は非道な行為を目にすると、「悪いことをしたのは、貧しいからだ、心が乱れていたからだ、育ち方のせいだ」と考えたがり、「良心が欠けているからだ」という単純な説明には抵抗をおぼえます。20世紀の初めに精神科医で無神論者のフロイトは、子供の心は、成長の過程で親や社会が決めたルールを取り入れて超自我(スーパー・エゴ)を形成し、それが自我(エゴ)を支配するようになると述べました。この超自我の発見によって、フロイトは良心を神の手から奪い取り、家族という人間的な手にゆだねたのです。しかし、現代の臨床心理学者でサイコパスによる被害者の臨床経験が豊富なマーサ・スタウトは、「良心は他者への感情的愛着から生まれる義務感である。愛にもとづく良心と、恐怖に基づく超自我とは同じではない。」と述べています。現在、研究の結果わかっている事をまとめると、下記の通りです。

  1. サイコパスには大脳皮質のレベルで感情的情報を処理する能力にかなりの逸脱がみられる。
  2. サイコパスの特徴をつくりあげている神経生物学的基礎の50%が遺伝によるものと推測される。
  3. 残りの50%についてはまだ明確にはなっていないが、幼児期の虐待も愛着障害も、サイコパスを作り出す背景とは考えにくい。

 サイコパスは古くから世界中にいたようですが、他よりもサイコパスの数が少ない文化圏がある事は確かです。絆の大切さを教える東洋の国々(特に日本と中国)ではサイコパスの割合はかなり低く、個人主義を価値の中心に置く北米文化が反社会的行動をはびこらせ、そうした行動を覆い隠す(開拓時代から現在の企業犯罪まで、アメリカの社会は力を求める者たちの「自分本位」の態度を容認し、奨励さえしてきた)、との主張もあります。これらの事は、サイコパスに影響を与えるのは、家庭内で体験する児童虐待や愛着障害ではなく、個人の先天的な神経系の成り立ちと、彼らの生活する社会との相互作用かもしれない、という事を示唆しており、社会にサイコパスを増殖させないためのヒントがここにありそうです。

<サイコパスに対処する13のルール>(マーサ・スタウト)

  1. 世の中には文字通り良心のない人たちもいるという、苦い薬を飲みこむこと。
  2. 自分の直感と、相手の肩書―教育者、医師、指導者、動物愛好家、人道主義者、親―が伝えるものとのあいだで判断が分かれたら、自分の直感にしたがうこと。
  3. どんな種類の関係であれ、新たなつきあいがはじまったときは、相手の言葉、約束、責任について、「三回の原理(三回嘘が重なったら嘘つきの証拠)」をあてはめてみること。
  4. 権威を疑うこと。
  5. 調子のいい言葉を疑うこと。
  6. 必要なときは、尊敬の意味を自分に問いなおすこと。:
    私たちは恐怖心を尊敬ととりちがえることが多い。
  7. ゲームに加わらないこと。:
    人の心をあおるのは、サイコパスの手口だ。
  8. サイコパスから身を守る最良の方法は、相手を避けること、いかなる種類の連絡も絶つこと。:
    サイコパスは社会の約束ごとと切り離された世界にいるので、彼らを自分の交友関係や社会的つきあいの中に入りこませるのは危険だ。
  9. 人に同情しやすい自分の性格に、疑問をもつこと。:
    まわりの人をたえず傷つけておきながら同情を買おうと大げさに働きかけてくる相手は、サイコパスである可能性が高い。
  10. 治らないものを、治そうとしないこと:
    サイコパスのとった行動はあなたの責任ではない。あなたが責任をとるべきものは、あなた自身の人生だ。
  11. 同情からであれ、その他どんな理由からであれ、サイコパスが素顔を隠す手伝いは絶対にしないこと。:
    「誰にも言わないでほしい」と涙ながらに訴えるのは、サイコパスの得意わざだ。「あんたは俺に“借り”がある」というのは、サイコパスの典型的な台詞である。
  12. 自分の心を守ること。
  13. しあわせに生きること。:
    それが最高の報復になる。

世の中には三種類の人種しかいません。つまり、

  1. 話さなくてもわかる人
  2. 話せばわかる人
  3. 話してもわからない人

です。「3」に属するものは、医療や教育だけで功を奏する筈がありません。「子供は皆、本当は良い子」と思いたいところですが、1クラスに1人位の頻度で「反社会性人格障害」または「サイコパス」が存在するという現実を認識した上での対応が必要です。学校教育が生徒に良心や共感性がある事を前提に成り立っているならば、良心や共感性を持たない生徒に対しては違った対応が必要です。

 

『家庭生活の質はサイコパスがはじめて犯罪を犯す年齢にまったくなんの影響も与えていなかった。家庭生活が安定していようと不安定であろうと、サイコパスが最初に裁判所に姿を現すのは、ほぼ14歳のころだった。』

(ロバートD.ヘアー『診断名サイコパス』早川書房より)

 


 

参考文献:

1)高橋三郎 大野裕 染谷俊幸訳 
DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院 2002年
2)高岡健 岡村達也編 MHLメンタルヘルスライブラリー(11)
人格障害のカルテ[理論編] 批評社 2004年
3)加藤進昌 神庭重信 笠井清登編 TEXT 精神医学 改訂4版 南山堂 2012年
4)町沢静夫著
失われていく共感性 いじめ・虐待そして犯罪の深層 丸善株式会社 2007年
5)ロバートD.ヘアー著 小林宏明訳
診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち 早川書房 2000年
6)ケヴィン・ダットン著 小林由香利訳 サイコパス 秘められた能力 NHK出版 2013年
7)マーサ・スタウト著 木村博江訳 良心をもたない人たち 草思社文庫 2012年
8)ジェームズ・ブレア、デルク・ミッチェル、カリナ・ブレア著 福井裕輝訳
サイコパス―冷淡な脳― 星和書店 2009年
9)アンドリュー・シムズ著 飛鳥井望他訳 記述精神病理学 西村書店 2009年
10)小此木啓吾 深津千賀子 大野裕編
心の臨床家のための 必携 精神医学ハンドブック 創元社 1998年
11)矢幡洋著 サディスティックな人格 春秋社 2004年

 

(9)いじめについて

1.はじめに

 精神科の治療法が進歩し、精神障害もかなり治るようになりましたが、虐待、いじめ、ハラスメントや犯罪等によって人為的に破壊された心はなかなか治りません。特に、人生早期の逆境は、人生を通じて精神的な健康被害を残す事が明らかとなっています(*)。従って、いじめ対策で最も重要な事は、後手に回る事なくいじめを予防する事であるといえるでしょう。いじめは「関係性」の中で生じるものだと画一的に考える人が多いようですが、全てがそうではありません。これまでは、「いじめ」について考える際に、「犯罪性の有無」や「加害者のパーソナリティー」(**)という点が軽視されてきたのではないでしょうか?「いじめ」という言葉でひとくくりにされていますが、「思春期特有のいじめ」と「犯罪性のあるいじめ」とでは、加害行為の内容も加害者の本質も異なるため、明瞭に区別すべきものであって、同一延長線上で議論すべきではありません。対応に先立って正しい知識が必要です。

(*)いじめ被害者の予後

  • いじめの被害者は不登校になったり欠席が増えたりする。たとえばアメリカの中学2年生7%がいじめを理由に1ヶ月に1度以上の欠席をしている(Banks,1997)。
  • いじめの被害者の90%が深刻な学業不振を経験している。(Hazler et al,1993)。
  • いじめの被害による自己肯定感の低下によって、学力や社会的能力が下がる(Ross,1996)。
  • いじめは次のような健康上の問題を引き起こす。気分が悪い、食欲不振、めまい、意識障害・不安、睡眠障害、抑うつ、自殺企図、頭痛、腹痛、発熱、嘔吐、登校渋滞(朝の腹痛など)(Rigby,1998)。
  • 中学時代にいじめの被害者だった人は、そうでない人よりも抑うつ的だったり自己肯定感が低かったりする(Olweus,1992)。
  • いじめの被害に遭った男子の27.6%、女子の40.5%がPTSDを起こしている(Idsoe T et al,2012)。

(**)いじめ加害者の予後

 日本では、これまでいじめの加害と非行や犯罪との関連性の有無は全く問題視されてきておらず、いじめ加害の攻撃性や犯罪性を一過性のものと見なす傾向が高い。よって、こうした研究は今のところわが国には存在しておらず、今後の調査研究が期待されるところである。
  • 小学校2年生でいじめの加害者だと認定された男子は、24歳の時、犯罪者になっている確率が、そうでない男子より6倍高い。さらに30歳の時点では、そうでなかった人の2倍近くも深刻な犯罪をしていた(Olweus,1991)。
  • 8歳の時に攻撃的な男子は、大人になってから何らかの犯罪者になる確率が高く、さらに大学を終えたり就労したりすることが困難である(Eron,1987)。
  • いじめの加害者だった女子は、母親になった時に虐待を行うことが多く、その子どももいじめの加害者になることが多い(Eron,1987)。(いじめの世代間連鎖)
2.思春期特有のいじめについて

(1)基本的な事

 

 学童期までは親の承認を必要とし、親の価値観や基準が内在化され道徳となって行動を統制し、教師を中心とした権威者の評価や意見が基準として重要視されます。ところが、思春期になると、親の承認はそれ程必要でなくなり、仲間集団が形成され、そこで受容され地位を獲得する事が重要視されるようになります。いじめが多く発生するのは小学校5年から中学校が中心で、高校の後半には極端ないじめは減ってきます。つまり、いじめの中核的な事象は思春期の発達過程に生じるものです。いじめは、うっぷん晴らし的攻撃が発端である事が多く、集団で個人を標的にして行われ、執拗にくりかえされます。子供たちは遊びの感覚でいじめに加担し、「遊び」にあるべきルールはそこにはなく、強い集団に帰属する事が彼らにとって重要なのです。なぜなら、一歩その集団の外に足を踏み出せば、いじめられる側に転落してしまう恐れがあるからです。彼らの多くは批判力をもたず、罪悪感を全く感じないで参加しています。ほとんどのいじめは校内で、同じ学年内で起こります。女子のいじめは仲間外れやひそひそと誰かの悪口を言い合う事が多く、身体的な攻撃は男子のいじめで最も特徴的です。男子ではテストステロンという男性ホルモンの働きが活発となり、攻撃性が増してきます。

  • 小学校5年生から中学1年生のいじめについて:
     自我の目覚めは、他者との比較によって始まります。自我の目覚めが異質な他者を排除するという「いじめ」に似た状況を生むこともあります。自らが孤立する事を恐れて徒党を組もうとする時期であり、「徒党を組む」がゆえに集団的ないじめになり、リーダーのもとに「強者への同一視(注)」が始まり、いじめられる立場から逃れる為にいじめる側に加担するのです。

(注)他者の諸特性を自己のものとし、それに従って変容する心理的過程をいう。自分にない名声や権威に自分を近づけることによって自分を高めようとすること。他者の状況などを自分のことのように思うこと。たとえば自分を強者と同一視して劣等感から逃れる場合がある。

  • 中学2年生頃のいじめについて:
     前述の「自我の目覚めによるいじめ」ではなく、より手の込んだものが多く、発見が遅れ、いじめ発覚後もいじめた側は、いかにも正当な理由があり、決していじめではなく友人関係の延長線上での事であるかのように教師に巧みに説明をします。時には、いじめであると理解している教師に対して猛烈に反論した後、いじめていると誤解されていると親に訴え、親の力を借りて自分の立場を強引に守ろうとする事もあります。

(2)今日のいじめの特徴

一方、最近ではいじめの様相が変化し、わかりづらくなっています。

  • 時代的背景
     かつて社会の側に安定した価値の物差しがあった時代には、時々の場の空気や気分等によって、個々の評価が大きく揺らぐ事はありませんでした。また、その社会の物差しを自分の内面に取り込み、自らの羅針盤とする事で、自己肯定感の安定した基盤を確保する事も出来ました。だから、周囲の人々による一時的な評価を過剰に気にかけたり、それに翻弄される事も少なかったのです。1980年代半ば以降急速に日本人の価値観が多様化し、その結果、子供たちは多様性を否定する時代とは違って多様性を推奨する新しい学校文化の中を生きるようになりました。かつてのように画一的な物差しを押しつけられる事はなくなりましたが、それに代わる自己評価の物差しがこの社会ではまだまだ確立されていないため、身近にいる人間から個別に評価を受けなければ安心できなくなっています。
  • スクールカースト
     自己肯定感は他者の反応に根拠を置く訳ですから、相手次第で大きく揺らぎます。その為、少しでもそれを安定させようと、できるだけ自己承認を得やすい関係が求められ、同質的な人間だけと結びつこうとします。昨今の学校では、小さな集団で人間関係が完結してしまい、集団相互の上下関係があって「スクールカースト」と呼ばれています。カースト間の交流はほとんどなく、昨今のクラスはこのカーストによって複数の島へと分断されているが為に、一つのまとまりとして成立しにくくなっているのです。彼らの集団は島宇宙化し、そこが全てとなっているのですから、別の集団へ乗り換える事は、そう生易しい事ではありません。現在の集団から離れることは、自分の居場所がなくなってしまう事を意味します。そこから外されたら、もう生きていく場所がないと感じてしまうのです。
  • 流動性、傍観者層
     いじめは上位カーストの子が下位カーストの子をいじめるのではなく、同じカースト内で発生しています。一旦どこかの集団に属したら、その内部では対等でなければならず、良くも悪くも目立つ子がいじめの標的になりやすいのです。今日のいじめは、上位の者が下位の者を虐げる行為としてではなく、フラットな人間関係を保つための行為として発現しているのです。今日のいじめは、ある特性をもった人物を皆で排除しようとする差別感情に根差した往年のいじめとは本質的に異なっているのです。加害者と被害者の関係が一方的であった往年のいじめとは違って、時と場合によって立場が入れ替わりやすい流動的なものへと変わっています。我が国で初めていじめが大きな社会問題となった1980年代頃は、いじめの被害者、加害者、それを囃し立てる観客、傍観しているだけの無関心者と、中心から外延へ向けて四層構造をなしており、クラスの大分の生徒が第三層である観客の立場に当たると言われていましたが、今日、学校現場でのいじめの特徴の一つは、ただ黙って傍観しているだけの生徒が非常に多いという点にあります。そのような無関心層は、仲裁者でもなければ観客でもなく、いじめを目の前にしても、自分には全く関係がなく、あたかも世界の外部で行われているかのようにとらえる人たちです。今日のいじめの特徴は、現代の若者たちの交友関係をそのまま反映したものです。
  • ネット上でのいじめ
     いじめは、それが許される環境ではびこります。つまり、大人の目が届かない場所、傍観者が被害者をかばったり止めに入ったりできない場所です。最近は、インターネット上でのいじめが横行し、誰もが、どこにいようと、24時間、いじめの犠牲者になり得ます。若者にとって今やネットは、集団内での自分のポジションを確認する為に必須のライフラインであり、羅針盤の役割を果たすものですから、ネットを遮断する事は、まさに死活問題なのです。
3.犯罪性のあるいじめについて

 

 まずはじめに強調しておきたい事は、繰り返し社会問題化しているのは「犯罪性のあるいじめ」であるという事と、こういういじめをする人間は普通の人とは全く「異質」であるという事です。被害者が死に至るような場合は、まず例外なく犯罪性があると考えて良いでしょう。校内犯罪を繰り返す者は普通の子どもたちとは異なる感覚を持っている可能性が非常に高い、という事がわかっています。

(1)基本的な事

 犯罪として扱うべきいじめの特徴は、下記の2点にあると思います。

  • 加害行為が法律上の犯罪(暴行、傷害、脅迫、恐喝、強要、窃盗等)に該当する
  • 加害者が良心や共感性を持たない(「反社会性人格障害」または「サイコパス」に該当する)

 「いじめ」という言葉でひとくくりにされていますが、「思春期特有のいじめ」と「犯罪性のあるいじめ」とでは、加害行為の内容も加害者の本質も異なるため、明瞭に区別すべきものであって、同一延長線上で議論すべきではありません。いじめは「関係性」の中で生じるものだと画一的に考える人が多いようですが、全てがそうではなく、「思春期特有のいじめ」が関係性の問題なら、「犯罪性のあるいじめ」は加害性の問題であるといえます。精神医学的に揺ぎ無い事実として、生まれつき良心や共感性を持たない子どもが一定の割合で存在します。良心や共感性が欠けている子供に対しては、医療や教育だけで功を奏しません。学校教育が生徒に良心や共感性がある事を前提に成り立っているならば、良心や共感性を持たない生徒に対しては違った対応が必要です。「子供は皆、本当は良い子」と思いたいところですが、1クラスに1人位の頻度で「反社会性人格障害」または「サイコパス」が存在するという現実を認識した上での対応が必要です。

(2)学校内の犯罪をどう扱うか

 「思春期特有のいじめ」対策は、思春期の心性をどう扱うかという問題なので主に学校の仕事ですが、「犯罪性のあるいじめ」対策は、犯罪をどう扱うかという問題なので警察の協力が必要です。学校に警察が入る事に難色を示す人がいますが、大人社会と同様に子供社会にも犯罪がある以上は警察の協力が必要です。悲惨ないじめ自殺が後を絶たないのは、警察力の欠如により学校が無法地帯化している事が大きな原因ではないでしょうか!?いじめ問題に精通した社会学者である内藤朝雄は「【学校に法を、いじめ加害者に刑事罰を】暴力に対しては警察を呼ぶのがあたりまえの場所であれば「警察だ」の一言で、(利害計算の値が変わって)暴力によるいじめは確実に止まる。加害者が大きな損失を被ってまで特定の人をいじめ続けることはほとんどない」と述べています。

(3)時代的背景

 校内暴力に関して戦後第三のピークと言われた1983年は、多数の共犯者がいる暴走族の暴走行為や集団リンチ等も少なくありませんでした。それに比べて、今の学校の風景は穏やかで、以前の「ツッパリ」のようにすぐに不良生徒だとわかる存在感のある子は少なくなりましたが、2008年度は過去最多の校内暴力件数を更新しており、子供の暴力の4件に1件は医療機関での治療が必要な程に相手を負傷させています。以前であれば、教師から「番長」と呼ばれる不良集団のリーダーとの関わりを重視し、彼らの訴えに耳を傾けながら、教師としての立場や指導を生徒達に理解させていきました。不良集団間の人間関係があった事から、1人への関わりの効果が全体に波及しましたが、今は不良がほとんど集団化しない(せいぜい2、3人が集まる程度)為、教師は多数の不良の1人1人に時間と労力をかけなければならず、膨大なエネルギーをそこに消費させ、バーンアウトしやすくなっています。要するに、校内暴力の様変わりには、現代の人とのつながりの希薄さが大きく影を落としているのです。

(4)正しい根拠に基づいた対応の必要性~エビデンスという考え方

 少年犯罪やいじめに関して、根拠の不十分な理論や素人理論(例:「加害者も被害者である」等)を主張する人が多いという事が、問題の解決を阻む大きな要因になっていると思います。自分の理論に都合の良い事例だけを見て正しさを確認し(選択的確証)、それ以外の事例を無視した理論には、根拠があるとは言えません。それらは一見「正義の主張」に聞こえる為、間違っていても反証されず、同じ主張が繰り返される事によってあたかもそれが真実であるかのごとく強化されていく、という負のスパイラルに陥ってしまいます。「正義の主張」は、それらがもたらしている結果を考えれば、いじめそのものよりもはるかに罪深いのではないでしょうか?子どもの人生や命にかかわる重大な問題に対して、いい加減な事を言うのはもうやめようではありませんか。

 

 「エビデンス」という言葉があります。英語の辞書には「法廷における証拠」等とありますが、医療界では主に「治療が有効であるという根拠」という意味で使われ、医療界ではエビデンスに基づいた医療が常識となっています。日本の犯罪心理学は、矯正心理学が中心で、エビデンスに乏しいのが最大の問題と言われています。日本では、犯罪や非行の原因として家族関係がきわめて重視される場合が多かったのですが、エビデンスに基づいた研究によって、このような家族関係の影響力はそれほど大きくない(ハリス、2000)という事がわかっています。サイコパスに反省や更生が可能だというエビデンスはありません。かつてのアメリカは、少年の欲求不満が高じて攻撃的な行動に出るとする「欲求不満攻撃説」に基づいて1950年代から1980年代にかけて欲求不満を取り除こうとし、1970年代には「ゆとり教育」も実施しましたが、効果がないばかりか国力の低下を招き、1980年代には工業製品で日本に負けるようになったので、結局は日本型の学歴社会に方向転換したのです(日本では現在までその考え方が持ちこまれていますが、効果がないばかりか学級崩壊がおきています)。その後1990年代に、ニューヨーク市のジュリアー二市長(注1)が「割れ窓理論」(注2)に基づいて少年犯罪の厳罰化を実施したところ、犯罪が半減し、地下鉄の落書きは消え、セントラルパークは女性でも夜歩ける公園になり、全米でも最も安全な大都市となったといわれ、それによって中産階級が街に戻ってきた為にニューヨークは再生したのです。この事は、先程の「欲求不満攻撃説」や、よく言われる「厳罰化は解決にならない」という意見がエビデンスのない机上の空論である事を示しています。2008年にシカゴ大学の心理学チームが行った実験によると、窃盗や公共物破壊、弱い者いじめといった経歴を持つ16~18歳の少年の脳を検査したところ、彼らの脳には他人の苦しみを見ると喜びを感じる回路が備わっているかも知れないという結果が出たそうです。これらの実験結果を受けてチームの一員であったベンジャミン・レイヒーは、「他人を傷付けるたびに心理的な報酬を受け取り、反応の強化が進む可能性がある」と語っています。精神科の治療法の一つに「行動療法」があります。その理論は、「人間は、中身は簡単には変えられないが行動は簡単に変えられる。そして、行動が変われば中身も変わってくる。」というもので、その一つに、「良い行動にはプラスの報酬を、悪い行動にはマイナスの報酬を与える事によって、良い行動を強化する。」という方法があります。発案者によれば全ての生物に有効との事で、実際に様々な精神障害に有効です。精神療法家は「行動療法なんて、患者を犬ころ扱いしてけしからん。」と批判しますが、行動療法家は「カウンセリングなんて、時間ばかりかかって効果が薄いじゃないか。」と批判します。あなたならどちらの意見に賛同しますか?犯罪を行えば処罰されるという事には行動療法的な効果があると考えられます。精神科医で犯罪病理学を専門とする小田晋は、今の子どもには「因果応報」という最低限のモラルが刷り込まれていない事が問題であると述べています。「悪い事をすればそれだけの罰がある」という事を早い時期に子どもにわからせる事が大切で、「これ以上はしてはいけない」という線引きをしてやるのは、私たち大人の役目ではないでしょうか?

(注1)ジュリアー二市長:ニューヨーク市を浄化した市長として名声を博し、ギネスブックにおいても「最も多く犯罪率を削減させた市長」としてノミネートされています。ニューヨーク市の同時多発テロの際には、さらなるテロの防止に奔走し、高い危機管理能力を発揮しました。効率的に強いリーダーシップを発揮したことで、テロ対策を象徴する人物の一人として位置づけられ、全米のみならず世界からの賞賛を集めました。

(注2)割れ窓理論:アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案した環境犯罪学上の理論。「壊れた窓を放っておくと、誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓も全て壊される」との考え方からこの名があります。軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるという事です。

4.いじめの国際比較

・スカンジナビアからの発信

 世界の中で、最も早くからいじめ問題に着目し、国家的な取り組みを始めたのはスカンジナビア半島です。最も早く子供たちにいじめがある事に気づき研究に着手したのは、スウェーデンの学校医であったハイネマンで、1960年代から1970年代の事でした。その後、スウェーデン、ノルウェーを中心としたスカンジナビア圏で、彼の研究を積極的に推し進め、学校での対応プログラムへと展開したのが、スウェーデン出身でノルウェーの大学で攻撃的行動の研究をしていた心理学者のダン・オルヴェウスでした。そのノルウェーでは、1982年の暮れ、北部に住む10~14歳の少年3人が仲間から激しいいじめを受け、それを苦に相次いで自殺しました。この事件が新聞で報道された結果、一挙に社会問題化し、1983年の秋には国を挙げてのいじめ防止全国キャンペーンが始まりました。これがきっかけとなって、「オルヴェウス・いじめ防止プログラム」の最初のバージョンが開発されたのです。彼が開発した「いじめ防止プログラム」では、

(1)人間の攻撃性は管理・監督するものがいなければ発現される
→攻撃性が現れる事を教師は「監督」する事
(2)攻撃性を制御する為には規律によるコントロールが望ましい
→学校や学級レベルでは子供たちが参加して「いじめに関するルールづくり」をする事
(3)ブレのない一貫した指導を行い、賞罰によって規範の内面化を図る。違反には罰を適用し、罰への脅威によって、攻撃性の発現を防止する
→「違反した場合には一貫した罰を科し」、「ルールが守られていれば惜しみなく褒める」事

を強調しています。他者に危害を加えれば、その結果責任をしっかりと問われる事が人間社会の秩序の源泉であり、社会をこれから構成していく子供たちの教育にとって大切な視点であり、この結果責任に思い及ぶ事こそが、人間の攻撃性の抑止力になるという考え方に立つプログラムといえます。ヨーロッパのその後のいじめ研究では、オルヴェウスの調査票と防止プログラムが先行研究として参照され、その結果、彼の分析結果の妥当性と防止プログラムの有効性が改めて検証され、信頼性のある調査として評価される事となりました。アメリカをはじめ、20か国以上で導入され、大きな成果を上げています。

・イギリス 

 いじめ問題への関心は、その後イギリスへと飛び火し、1990年代半ばにはヨーロッパ全土へと広がりました。イギリスでいじめが社会問題化したのはノルウェーや日本に比べて遅く、1989年から1990年にかけてのことです。オルヴェウスの研究やその介入プロジェクトに触発され、P・K・スミスらが実施した「シェフィールド・プロジェクト」は、その後のイギリスやヨーロッパの国々のいじめ防止プログラムのモデルとなりました。中でも、その後の各国のいじめ対応にとって注目すべき点を4点に絞って挙げると、

(1)子供たちの参画
(2)保護者の協力体勢
(3)社会的包摂(いじめが差別問題と絡まって発生しており、排除された子供たちをどのようにして包摂していくかが重要な課題となっている)
(4)障害児への視点

今日では、ノルウェーやイギリスのいじめ研究とそのプログラムが、世界の研究をリードする立場にあります。

・アメリカ

 日本は、政府が「毅然とした対応を」と謳いつつも、刑法に抵触する行為は別として、通常は、校内処分や警察への通報、検挙・補導に直結させず、「教育的指導」によって対処していますが、いじめを暴力行為と位置づける国では、いじめが社会問題化するにつれて、加害者に処分や逮捕など厳罰を与える方が、人々の感情に馴染みやすく、こうした国の一つがアメリカです。前述の「割れ窓理論」の教育分野での応用を、一般に「ゼロ・トレランス方式」と呼び、ほんのわずかなことでも見逃さず「不寛容」で臨むという意味です。最初にこれを適用したのはアメリカでした。アメリカでは、非行少年にカウンセラーが対応しても、少年犯罪や暴力がさっぱり減らなかったのに、この「ゼロ・トレランス」を採用したとたんに、それが激減したという事例が相次ぎ、当時のクリントン大統領までがそれを勧めたといういきさつがあります。アメリカには、粗暴な生徒を懲罰的な意味合いで一時的に通わせるオルタナティブ・スクールと呼ばれる学校があります。ルールに違反した生徒を例外なくオルタナティブ・スクールに一定期間通わせ、心から反省したら元の学校に復帰させるという仕組みです。

 2000年頃より州法として「反いじめ法」を制定する動きがみられ、2007年5月現在、32州がいじめに関する州法を定めており、いずれにおいても、いじめた子供の加害責任を何らかの形で問う姿勢では一貫しています。

・日本

 日本はスカンジナビア圏と並んで早くからこの問題に気づき、取り組みを始めました。しかし、言葉の壁等の問題もあって、研究においても、現場での対応においても、海外とは独立して展開され、1990年代半ばまで日本はいじめに関して、「鎖国」にも等しい状況でした。この為、「いじめは日本固有の問題であり、海外にはない」といった誤解が横行したり、「島国根性」「違いを排除する国民性」「人々の横並び志向」「加熱する受験戦争」「管理主義教育と体罰」等、日本的な特徴を過度に強調した原因論が展開され、その結果、対応策までもが歪曲されかねない状況が生まれました。

 日本においていじめ問題が社会問題として登場したのは1980年代半ばで、「第一の波」と呼ばれています。日本のいじめ対応は当初から、「社会防衛」的な性格が薄く、処分や懲罰に代わって、「教育的指導」と「心理相談」を特徴とする対応が展開され、1990年代半ばの「第二の波」以降の心理カウンセラーの導入へとつながっていきます。いじめが社会問題となった当初から「加害者には教育的な指導で対処する」という大枠が変わる事はなく、2000年代半ばには「第三の波」を迎えるに至り、そして2011年には大津の事件に至っています。

・日本と欧米の違い

 日本のいじめ問題の捉え方は、いきおい被害に重点を置き、対応策も被害の早期発見と被害者の相談体制の充実に重点が置かれました。この点は、同じように社会問題化した欧米の国々とは異なる特色です。「被害者個人の救済」と、「社会の安全と人々の安寧の確保」のいずれに重点を置くかという比重の違いがあります。欧米のいじめ研究に影響を与えているオルヴェウスが主張したように、いじめは攻撃行動のサブカテゴリーであると認識するならば、対策の焦点は加害性への対応に向かい「社会防衛」に重点を置く事が大切です。

 1996年の「いじめ国際シンポジウム」で、海外のシンポジスト達が一様に疑問を呈したのは、日本の転校措置の背後にある基本姿勢についてでした。彼らは一様に「いじめられた子供の方がなぜ転校しなければならないのか。転校すべきは、いじめた側ではないか。」と疑問を投げかけてきました。ヨーロッパの発想に照らせば、共同生活の中で被害が発生し、安全が損なわれた時、学校が加害責任を明らかにし、加害者にその責任を果たすように求めるのは当然であり、それこそが、共同体における正義を実現する妥当な方法です。実は日本でも、いじめた子への「出席停止措置」は1983年の学校教育法改正に盛り込まれ、2001年の国会で成立しているにもかかわらず、実際には活用されていません。

・スクール・ポリスについて

 アメリカやイギリス、カナダでは、学校に警察官が常駐し、いじめなどの問題に積極的に介入していく「スクール・ポリス」の制度を取り入れています。

 アメリカでの名称は「School Resource Officer」で、「リソース」という言葉が示す通り、校内の問題を防止・解決するために地域から送り込まれる「資源」という認識です。学校という孤立した場と、地域内の様々な資源とを結ぶパイプ役という意味合いも含まれています。学校や警察が公開している資料から、彼等の活動をまとめると、下記の通りです。

(1)校内を巡回しながら、生徒と個人的な関係を築く
(2)校内のオフィスで相談に乗る
(3)いじめの標的になりやすい生徒をガード
(4)身の守り方、仲裁のし方を指導
(5)課外活動でもふれあい
(6)情報を生かして事件の防止や解決

 アメリカの生徒管理には、危機管理体制が完全に整えられています。中学や高校には警察官が二名配属されているのが普通です。小規模学校においては、巡回による警察官の配置があります。さらには、学校と警察の間には、ホットラインが敷設されており、事件があれば数分後に警察官が駆けつけます。その他、セキュリティーオフィサー(学校保全官)が数人配置されており、一日中学校を巡回しています。校長、教頭、カウンセラーによって、普段は学校の秩序と安全を責任を持って維持しています。校長は、連絡電話を携行して校内を常に巡視しており、ランチタイムには必ずカフェテリアの正面に立って、生徒の食事中のマナーを監視しています。このように、学校の安全策が二重三重に確保されていますから、大多数の善良な生徒たちは、校則を守り、規律正しく、明るく、自由に、のびのびと行動しています。

5.日本のいじめ対策の問題点

 わが国のいじめ対策が功を奏さない要因として、少なくとも下記の4点が挙げられると考えます。

①エビデンスの欠如:
 教育の分野には「エビデンス」という用語や概念がないのかもしれませんが、いじめ対策に成功している他の先進国が行ってきた事は、他国の成功例に学ぶという「エビデンスに基づいたいじめ対策」に他なりません。もっともらしい意見や美しいスローガンも、エビデンスがなければ有害無益となる危険性があります。

②学校の聖域化:
 外部の知恵や有効な社会資源の活用を妨げ、かつ不都合な真実を隠蔽する結果を招いています。

③警察力の欠如:
 大人社会と同様に子供社会にも犯罪がある以上は警察の協力が必要です。悲惨ないじめ自殺が後を絶たないのは、警察力の欠如により学校が無法地帯化している事が大きな原因ではないでしょうか!?根拠のない不安や信念(例:「学校の問題は学校内で」等)から、学校に警察が入る事に難色を示す人がいますが、他の先進国にある「スクール・ポリス」の制度は、その有効性に関してエビデンスレベルが高いと思われます。

④危機管理の甘さ:
 いじめは子どもの人生や命にかかわる重大な問題であるにもかかわらず、効果のない対策を何十年も続けているわが国の現状には、強い違和感をおぼえます。危機管理に対する意識や能力という点で、わが国では全ての領域の中で学校が最も遅れているのではないでしょうか?医療機関でも企業でも、危機管理に組織の存続がかかっていますから、必然的に危機管理能力のある人が管理職に登用されるという文化があると思われます。ところが学校では、危機管理能力のある人よりは無難に波風を立てずやってきた所謂「事なかれ主義」の人が管理職となり、真に有能で熱意のある人が疎まれ、干されているのではないでしょうか!?

6.いじめ対策の社会的な意義

 いじめ対策は、いじめの当事者だけでなく社会的に大きな意義があります。それは、社会に存在する殆どの加害行為の根源がいじめにあるからです。「思春期特有のいじめ」の延長線上には大人社会のいじめであるハラスメントがあり、「犯罪性のあるいじめ」の延長線上には非道な犯罪や児童虐待があり、いじめによって人生を狂わされた人が何らかの形で加害者に転じる可能性もあります。このように考えると、学校の社会に対する責務は大きいといえます。全ての加害行為に名称を与え、賞罰によって規範の内面化を図り、「加害行為は必ず処罰される」という現実感覚が人生早期のインプリンティングの段階で子供の心に刷り込まれ、それが醸成されて社会通念となる事で、あらゆる加害行為に対する抑止力が生まれると考えます。

7.いじめをなくすには

 答えは手の届くところにあると思います。まず、外部(他の国、分野)の知恵を取り入れ、「エビデンスに基づいたいじめ対策」をする事です。つまり、道徳教育だけではなく「道徳教育と賞罰を両輪とした対策」をする事が肝要です。また、学校だけでなく、警察等の各専門機関、父兄を含む地域全体が一丸となって協力する必要があるのではないでしょうか?日本においても、文部科学省が、警察に通報すべきいじめの判断基準を明記しています(下記<学校において生じる可能性がある犯罪行為等について>を参照)。最優先すべき事は被害者を生みださない事であり、その為には加害行為を阻止し得る強固な枠組みが必要です。学校においては大人の目の届かない時間をなくす(いじめの大半は大人の目の届かない時間に起こる)、放課後は保護者に子供を引き渡す、いじめの温床である部活動は廃止か顧問の完全貼りつきにする、定期的にいじめに関する調査・討議をする、いじめを繰り返す児童生徒を出席停止にする、犯罪防止のために校内にガードマンまたは交番を配置する、といった確実な対策がなされるべきで、そういった強固な枠組みに守られ安全が確保されてこそ、本来の教育ができるのではないでしょうか?



<まずは校内犯罪の撲滅に動け>(精神科医、国際医療福祉大学教授 和田秀樹)

  • まずは校内犯罪の撲滅に動くべし
     犯罪の領域に達していない「いじめ」では、子供の自殺にまではまず至らないのではないでしょうか?いじめの撲滅には努力すべきですが、それは現実には容易ではない、と認めることも肝要です。校内犯罪の撲滅をその第一歩とする方が、むしろ、教師の負担を軽減できて、子供たちのストレスも緩和できるのではないでしょうか?
  • 勉学の場守るため警察介入も
     犯罪性のあるいじめを放置すべきでないという点に異論を挟む人は少ないでしょう。捨て置かないことによる教育的効果もあります。こういう被害に遭ったら、警察に、あるいは教師を通し警察に訴え出るべきだと教えるのは、立派な法律教育となりますし、逆に、校内で犯罪的な行為が見過ごされると、大人になって犯罪などに泣き寝入りする習性を植え付けてしまいかねません。いじめられたら逃げた方がいいといった議論も少なくありませんが、犯罪者並みの加害児童・生徒が堂々と学校に通い、被害児童・生徒が学校から排除されるのはどう考えてもおかしく、警察により犯罪被害から守られるのは国民固有の権利です。民事不介入などとして、警察が取り締まらなかった時期に暴力団が勢力を拡大させたのは歴史的事実です。学校では真面目に勉強する子供の権利が守られるというのは、世界中のコンセンサスです。そうした考え方に基づき、アメリカで、学校での犯罪的な行為に対する警察の介入を当然とした途端に、校内暴力が激減したという話は、その意味で示唆的です。
  • 教師は本業に精を出すべし
     犯罪的ないじめにまで、捜査権も処罰権もない教師が対応しなければならないのなら、彼らの精神的なストレスは増すでしょうし、教師の本分である学力の向上や子供へのしつけもおろそかになりかねません。警察に任せるべきことは任せて、教師は本業に精を出すべきなのです。


<いじめを防止するヒント>(大阪大学大学院連合小児発達学研究科特任講師、子どもの発達科学研究所 和久田学)

 いじめを目撃しても、多くの子どもたちが何もできないでいます。これには、「どうしていいかわからない」「自分まで巻き込まれるのが怖い」「状況が悪化するのが怖い」などの理由に加え、さらに2つの知識不足があるといわれています。
 1つは、その行為が「いじめ」なのか「いじめでない、よくある友だち同士の争い」なのかがわからないということであり、もう1つは、「密告(ちくり)」をしたくない、との心理が働くことです。これに対して、子どもの発達科学研究所の「いじめ予防プログラム」では、明快な回答を与えています。以下その一部を紹介します。

「いじめ」と「いじめでない、よくある友だち同士の争い」の違い
 
  • いじめは、力の差があるところに起こる。
  • いじめの加害者は、被害者に共感しない。
  • いじめの加害者は、問題の解決に努力しない。
など

「報告」と「密告(ちくり)」の違い
 
  • 密告は、自分が何か得をしようとするが、報告は真実を伝えるだけ。
  • 密告は、誰かを陥れようとするが、報告はみんなの安全を守るため。
など

 こうした知識を得ることによって、子供たちは自身を持って正しい行動を取ることができるようになるのです。



 

<いじめ問題に取り組む基本姿勢10カ条>(NPO法人ジェントルハート 武田さち子)

第1条 いじめは被害者の心と身体を深く傷つけ、時には命さえ奪う、重大な人権侵害である
いじめの解決には時間と労力がいります。しかし、子どもが亡くなってしまったら、費やされる時間と労力は生前の比ではありません。
また、死なないまでも、いじめによって人生を変えるほどの深い心の傷を残すことがあります。大人たちが、真剣に、継続して取り組むべき課題です。

第2条 対策はスピードが大切。いじめの芽はできるだけ小さいうちに摘む
よく、「こんなのはいじめのうちに入らない」「大人が出るほどの問題ではない」という声を聞きます。もちろん、すべての問題に大人が関与すればよいわけではありませんが、見守りは大切です。いじめになる前にトラブルを解決する事ができれば、加害者も生み出さずにすみます。
また、ちいさないじめは大人のちょっとした関与でなくすことができますが、クラス全体広がったり、何年も継続するなど、おおきくなってしまったいじめを解決するのは大変困難です。

第3条 常に最悪の事態にそなえる。被害者や告発者の安全を第一に考える
関係者全員にとって最悪の事態とは、「死」です。子ども自身が死んでしまうこと。あるいは、だれかを殺してしまうことです。
大人たちの安易な対応が、かえって子どもを追いつめることがあります。結果を熟慮したうえでの対策をお願いします。

第4条 表面に見えているのはごく一部であることが多い
いじめはかくされるものです。ひとつのいじめが発覚したかげには、たいてい、もっと多くのいじめがかくされています。
また、クラスや学年、学校全体にいじめ・暴力を容認する雰囲気がまんえんしていることもあります。表面だけを見て、大したことはないと判断し、加害者を指導して終わりにするのではなく、学校全体で取り組んでください。

第5条 いじめは被害者の身になって考える
大人はよく「公平な立場で」といいます。しかし、いじめに関して公平な立場に立てばただの傍観者になりかねません。それは加害者に味方するのに等しい行為です。みんなが被害者の立場に立てばいじめはなくせます。

第6条 いじめ対策は加害者対策
多くの場合、被害者は少数で、加害者は多数です。また、教師の言葉に素直にしたがうのも、被害者側です。そのために被害者対策にかたよりがちですが、加害者の抱える問題を解決しない限りいじめはくり返されます。真の問題解決にはなりません。

第7条 いじめは力では解決しない。子供との信頼関係を大切にする
よく「いじめている子をゴツンとやりさえすれば解決する」という人がいます。しかし、それで子どもは反省するでしょうか。むしろ、自分は大人より力が弱かったからやられたのだと、ますます力に執着するようになります。
一方、たとえいじめが解決できなかったとしても、先生や親が親身になって支えてくれた経験は、人を信じる力、生きる力になります。それは、いじめの加害者にも、被害者にもいえることです。

第8条 いじめは大人が知ってからのほうがむしろ危ない
思った以上に、子どもはせっぱつまって大人にいじめの被害を打ちあけています。しかし、いじめを知った大人が見て見ぬふりをしたり、いい加減な対応をすれば、いじめの加害者は自分の行為が認められたとかんちがいをしたり、大人が知っても大した事はないと高をくくり、行為をますますエスカレートさせます。一方、被害者は大人にいっても無駄だと絶望して、かえって追いつめられてしまいます。

第9条 解決したからといって気をぬかない。いじめは再発しやすい
いじめ事件の後に良く聞くのは、「いじめはありましたが、解決したと思っていました」ということばです。いまのいじめは根深く、一度や二度の指導でかんたんになくなることのほうが少ないと考えてください。報復は必ずあると思ってそなえてください。くり返し、根気強く指導していくことが大切です。

第10条 いじめは教師、生徒、保護者、地域の複数の目、連携で解決する
被害者やその親だけがどんなにがんばってもいじめは解決しません。どんなに熱心な先生でも、いじめにひとりで立ち向かうのは困難です。できるだけ多くのひとが情報を共有し、協力して問題の解決にあたってください。いじめ問題に真剣に取り組む大人、子どもを増やすことが、いじめを根絶する力になります。

 

<学校において生じる可能性がある犯罪行為等について>(文部科学省)

1.警察への通報・相談に係る基本的な考え方

(1) 学校や教育委員会においていじめる児童生徒に対して必要な教育上の指導を行っているにもかかわらず、その指導により十分な効果を上げることが困難である場合において、その生徒の行為が犯罪行為として取り扱われるべきと認められるときは、被害児童生徒を徹底して守り通すという観点から、学校においてはためらうことなく早期に警察に相談し、警察と連携した対応を取ることが重要。
(2) いじめられている児童生徒の生命、身体又は財産に重大な被害が生じるような場合には、直ちに警察に通報することが必要。

2.学校において生じる可能性がある犯罪行為等

以下の「事例」は過去にあった事案を踏まえたものであり、刑罰法規に対応した具体例を示すことで理解を深めるためのものである。個々の事案について、警察へ相談・通報すべきか否かは、記載されている事例を参考にして、上記1.の考え方に基づいて判断することが必要である。

 

いじめの態様(※) 刑罰法規及び事例
ひどくぶつかられたり、叩かれたり、蹴られたりする。 暴行
(刑法第208条)
第208条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

事例:同級生の腹を繰り返し殴ったり蹴ったりする。
傷害
(刑法第204条)
第204条 人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

事例:顔面を殴打しあごの骨を折るケガを負わせる。
軽くぶつかられたり、遊ぶふりをして叩かれたり、蹴られたりする。 暴行
(刑法第208条)
第208条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

事例:プロレスと称して同級生を押さえつけたり投げたりする。
嫌なことや恥ずかしいこと、危険なことをされたり、させられたりする。 強要
(刑法第223条)
第223条 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする。
3 前2項の罪の未遂は、罰する。

事例:断れば危害を加えると脅し、汚物を口にいれさせる。
強制わいせつ
(刑法第176条)
第176条 13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

事例:断れば危害を加えると脅し、性器を触る。
金品をたかられる。 恐喝
(刑法第249条)
第249条 人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

事例:断れば危害を加えると脅し、現金等を巻き上げる。
金品を隠されたり、盗まれたり、壊されたり、捨てられたりする。 窃盗
(刑法第235条)
第235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
事例:教科書等の所持品を盗む。
器物損壊等
(刑法第261条)
第261条 前3条に規定するもの(公用文書等毀棄、私用文書等毀棄、建造物等損壊及び同致死傷)のほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。

事例:転車を故意に破損させる。
冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる 脅迫
(刑法第222条)
第222条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。

事例:学校に来たら危害を加えると脅す。
名誉毀損、侮辱
(刑法第230条、231条)
第230条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。 
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
第231条 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

事例:校内や地域の壁や掲示板に実名を挙げて、「万引きをしていた」、気持ち悪い、うざい、などと悪口を書く。
パソコンや携帯電話等で、誹謗中傷や嫌なことをされる。 脅迫
(刑法第222条)
第222条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。

事例:学校に来たら危害を加えると脅すメールを送る。
名誉毀損、侮辱
(刑法第230条、231条)
第230条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。 
第231条 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

事例:特定の人物を誹謗中傷するため、インターネット上のサイトに実名を挙げて「万引きをしていた」、気持ち悪い、うざい、などと悪口を書く。
パソコンや携帯電話等で、誹謗中傷や嫌なことをされる。 児童ポルノ提供等
(児童買春、児童 ポルノに係る行為等の処罰及び児童の護等に関する法律第7条)
第7条 (略)
2~3 (略)
4 児童ポルノを不特定若しくは多数の者に提供し、又は公然と陳列した者は、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。(略)
5 前項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを製造し、所持し、運搬し、本邦に輸入し、又は本邦から輸出した者も、同項と同様とする。(略)
6 (略)

事例:携帯電話で児童生徒の性器の写真を撮り、インターネット上のサイトに掲載する。
 

(※)いじめの態様:「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」における「いじめ」の調査項目の「いじめの態様」


 

参考文献:

1) 友田明美、杉山登志郎、谷池雅子編集 子どものPTSD-診断と治療- 診断と治療社 2014年
2)佐藤壷三他著 新版看護学全書 精神看護学(1) メジカルフレンド社
3)R.グッドマン、S.スコット著 氏家武、原田謙、吉田敬子監訳
必携児童精神医学 岩崎学術出版社 2010年
4)臨床心理学 40 Vol.7 No.4 特集 いじめと学校臨床 金剛出版 2007年7月号
5)松本俊彦編 中高生のためのメンタル系サバイバルガイド 日本評論社 2012年
6)ホセ・ボルトン スタン・グリーブ編 楡井浩一訳
解決!いじめ撃退マニュアル NO ROOM FOR BULLIES徳間書店 2007年
7)内藤朝雄著 いじめ加害者を厳罰にせよ ベスト新書 2012年
8)藤岡淳子編 犯罪・非行の心理学 有斐閣ブックス 2007年
9)奥村雄介 野村俊明著
非行精神医学 青少年の問題行動への実践的アプローチ 医学書院 2006年
10)田中究編
こころの科学 151 特別企画 いじめ・不登校・学校 日本評論社May 5・2010
11)細江達郎著 犯罪心理学 ナツメ社 2012年
12)越智啓太編 朝倉心理学講座(18) 犯罪心理学 朝倉書店 2005年
13)小田晋著 心の病気と犯罪についてすべてお話しましょう 双葉社 2003年
14)森口朗著 校内犯罪からわが子を守る法 教室を無法地帯にしないために 育鵬社 2012年
15)森田洋司著 いじめとは何か 教室の問題、社会の問題 中公新書 2010年
16)ダン・オルヴェウス スーザン・P・リバー他著 小林公司 横田克哉監訳
オルヴェウス・いじめ防止プログラム 学校と教師の道しるべ 現代人文社 2013年
17)加藤十八編著 ゼロトレランス 規範意識をどう育てるか 学事出版 2013年
18)和田秀樹著 いじめは「犯罪」である。体罰は「暴力」である。 潮出版社 2013年
19)中村和彦編著 子どものこころの医学 金芳堂 2014年
20)武田さち子著 子どもとまなぶ いじめ・暴力克服プログラム 合同出版 2009年

 

(10)学校向けの話

1.生徒の心のサインをどのように受け止め、対応していけばいいのか

 生徒の心のサインとして最もわかりやすく、よく見られるのが「不登校」などの問題行動です。不登校は様々な問題の早期発見の為の重要なサインであり、早めの対応が必要です。
 不登校の年齢による特徴としては、幼稚園や小学校低学年では、「分離不安」といって、母親と離ればなれになるのではないかという非現実的な不安があって行けない子が多く、小学校中・高学年では、「適応障害」といって、転校などで学校に馴染めなくて行けない子が多く、中学生以降では、「アイデンティティ」の問題があって行けない子が多く、高校生以降になると精神疾患が発症した可能性も出てきます。 年齢による特徴とは別に、起立性調節障害(OD)等の身体的な問題、うつ病、社交不安障害(SAD)や発達障害等の精神的な問題、いじめ等の対人関係の問題が考えられます。ここで「病気」という視点がないと、「すべては自分が悪い」というふうに子供の自己評価が低くなってしまいます。

2.身体的・精神的な問題について

2.1 起立性調節障害(OD):

 「起立性調節障害」は精神科の疾患ではありませんが、深刻な不登校に陥るようなケースでは背景に様々な精神的な問題がある可能性があります。
 思春期に立ちくらみやめまいを主症状とする自律神経失調症(注)。朝なかなか起きられず、午前中調子が悪い。4~7月に多い。
 朝起きの悪さ、たちくらみ、頭痛、腹痛、全身倦怠などの身体不調を訴えて小児科を繰り返し受診するも、一般的な診察や血液検査では該当する異常を認めない場合、多くはODと診断されます。頻度は約5~10%と大変に多いものです。ODの子どもは、朝起きが悪く、なかなか起きません。一日中ごろごろして、夕方になって元気になり、逆に夜には寝付けません。学校を欠席したり引きこもりがちになるので、最近、注目されています。
 ODは、急激な身体発育のために自律神経の働きがアンバランスになった状態と説明されています。起立時に血圧がひどく低下して脳貧血を起こす症例もあれば、血圧に異常を認めない症例もあります。また、心理的側面から見るとODは、過剰適応な性格であり他人に気遣いして心理的にストレスをためやすい傾向があります。そしてODの約3割は不登校を合併しています。このように、ODと一言でいっても病気の本態は同じではなく、それぞれの子どもについて、からだと心の両方からアプローチするという、心身医学的な診療が必要です。

(注)自律神経失調症:
 様々な自律神経系の不定愁訴(めまい、ふらつき、動悸、倦怠感等)を訴えるも、器質的な疾患や顕著な精神障害が認められないものをいいます。多くの症状を自覚するために、内科、耳鼻科、婦人科、脳外科などを受診し、様々な検査を受けますが、ほとんど異常はないので、「気のせい」「疲れのせい」ですまされてしまいます。
 自律神経は体全体を支配していますから、自律神経が乱れるとあらゆる身体症状がみられます。自律神経が乱れる原因も様々で、体質的に自律神経系が不安定、過労、生活リズムが不規則、女性で性ホルモンの周期が不規則(更年期等)になっている等の身体的な原因もあれば、ストレス性疾患、不安障害、うつ病等の精神的な原因もあります。

2.2 うつ病:
 かつては「子供のうつ病はない」などと言われていた時代もありましたが、最近の研究からは、思春期のうつ病の有病率は大人と同じくらい高く、思春期前の子供にも、思春期ほど高くはありませんがうつ病がみられることが明らかになってきています。成績が悪くなったり、学校を休みがちになったり、不登校になったり、というときには、うつ病の可能性があります。
 思春期のうつ病では、症状の表れ方が大人とは異なります。憂うつな気分を、大人はその通りに感じることが多いのですが、子供の場合には、「イライラ」「不機嫌」として感じることも多いので要注意です。喜びや興味の喪失も、大人なら「前は楽しかった事が楽しめない」というふうにきちんと語りますが、子供の場合には単なる「退屈」として感じられている場合もあります。不眠、食欲低下も見られますが、若い女性に多い「非定型うつ病」というタイプでは、過眠、過食といった症状が見られます。思春期のうつ病の症状は、「怠け」「やる気のなさ」「わがまま」「甘え」「素行の悪さ」などと見えてしまうことが多いため、周囲から厳しいことを言われることも多く、本人も自分が病気であることなどわかりませんから、言葉通りに受け取ってしまいます。思春期のうつ病では、自殺をするリスクも高く、きちんと対応しておかないと大人になってからも繰り返す、という点でも問題です。
 思春期のうつ病では、単に「病気を治す」ということ以上に、発達途上にある子供のための環境を整えるという配慮が必要です。うつ病の治療には休養が大切で、大人のうつ病の場合であれば、休養をとるために休職という形をとることも珍しくはありません。思春期のうつ病の場合も、いじめなど深刻な問題が学校にあるのであれば学校を休むという選択肢もありますが、そうでない場合、できるだけ通学は続けてもらいます。学校を休むということには、発達上のさまざまなデメリットがあるからです。

2.3 社交不安障害(Social Anxiety Disorder=SAD):

 不安障害の一つ。昔、我が国では「対人恐怖」、「赤面症」、「あがり症」、欧米では「パーティー恐怖」、「スピーチ恐怖」等と呼ばれていたものが、SADに相当します。SADは平均発症年齢が13~14歳(早ければ幼児期~学童期、多くは25歳まで)で、学校や職場での日常生活に大きな支障を来たし、15歳以前に発症した人の7割が「うつ病」になり(一般人の発症率1割強よりもはるかに高い)、うつ病の3割にSADが併存しています。他にもアルコール依存、パニック障害などの精神障害や、ニート、引きこもりの原因となります。本人は性格だと思い込んでいるので、SAD発症から受診までに平均10年もの開きがあり、受診しても見逃されやすく、うつ病が治ってもSADの為にうつ病が再発しやすい、という問題があります。治療は、うつ病には抗うつ薬と休養が基本であるのに対し、SADにはSSRI(抗うつ薬の一種)と暴露療法(緊張場面に慣らしていく、認知行動療法の一種)が基本となります。治療の進歩により、SADは多くは1年位で完治する様になっています。有病率が一般人口の18%(10代では25%)と多いのに殆ど知られていないため、完治するにもかかわらず未治療で放置されている人が多いのが現状です。学校では、本読み、発表、板書、前の席に座る事等が緊張の原因となる為、配慮が必要です。

2.4 発達障害(アスペルガー等):

 元々持っている基本障害(コミュニケーション障害、こだわり等)に加え、周囲の誤解や不適切な対応が原因で起こる二次障害(劣等感、うつ病、強迫性障害、幻聴、妄想、自暴自棄、ひきこもり、等)が生じる事があります。
 学校での基本的な対応としては

  • 予定は早めに伝える
  • 指示は具体的に
  • 時間・空間を視覚的に構造化する(予定表を目につくところに貼る、遊ぶ所と勉強する所をはっきりと分ける、等。一般に、発達障害の子にとって快適な環境は他の子供にとっても快適なものです。)
  • いじめの対象になりやすいので注意する(今の時代は、「空気を読む」事なしには対人関係を維持できませんから、発達障害の子にとっては生きづらい状況にあります。)

等のポイントがありますが、発達障害の子にも一人一人特徴があり、画一的な対応が害になる場合もありますから、発達障害が疑われる場合は、早期に専門家による診断と指導を受ける必要があります。そうする事により、子供は自分の可能性を最大限に活かして社会に適応する事が可能となりますが、対応が遅れると二次障害が出て、社会適応が難しくなる事があります。ちなみに、滋賀県では、滋賀県立小児医療センター「こころの診療科」外来で確定診断を受け、発達障害支援センターで専門的な指導を受ける事ができます。

3.思春期の危機を乗り越える為に学童期までにつけておくべき力、させておくべき体験

3.1 養育に関する事

 世の中には育児書が星の数程ありますが、養育に関しては、洋の東西を問わず今も昔も共通して言われている原則のような事があります。つまり、赤ちゃんの時は甘えさせる事が大事、幼児期は躾が大事、学童期は教える事が大事、思春期以降は自分で考えさせる事が大事、等です。

3.2 時代的背景

 文部省の方針で1990年(平成2年)から幼稚園が自由保育(しつけ過ぎない保育)となり、その子たちが小学校に入った頃から学級崩壊が始まっていますが、幼児期に大事な躾が欠落した事によるひずみが影響しているように思えます。そして、1990年(平成2年)以降の幼稚園児の多くが既に成人しており、世代間連鎖も危惧されます。
 かつて社会の側に安定した価値の物差しがあった時代には、時々の場の空気や気分等によって、個々の評価が大きく揺らぐ事はありませんでした。また、その社会の物差しを自分の内面に取り込み、自らの羅針盤とする事で、自己肯定感の安定した基盤を確保する事も出来ました。だから、周囲の人々による一時的な評価を過剰に気にかけたり、それに翻弄される事も少なかったのです。1980年代半ば以降急速に日本人の価値観が多様化し、その結果、子供たちは多様性を否定する時代とは違って多様性を推奨する新しい学校文化の中を生きるようになりました。かつてのように画一的な物差しを押しつけられる事はなくなりましたが、それに代わる自己評価の物差しがこの社会ではまだまだ確立されていないため、身近にいる人間から個別に評価を受けなければ安心できなくなっています。
 自己肯定感は他者の反応に根拠を置く訳ですから、相手次第で大きく揺らぎます。その為、少しでもそれを安定させようと、できるだけ自己承認を得やすい関係が求められ、同質的な人間だけと結びつこうとします。昨今の学校では、小さな集団で人間関係が完結してしまい、集団相互の上下関係があって「スクールカースト」と呼ばれています。カースト間の交流はほとんどなく、昨今のクラスはこのカーストによって複数の島へと分断されているが為に、一つのまとまりとして成立しにくくなっているのです。彼らの集団は島宇宙化し、そこが全てとなっているのですから、別の集団へ乗り換える事は、そう生易しい事ではありません。現在の集団から離れることは、自分の居場所がなくなってしまう事を意味します。そこから外されたら、もう生きていく場所がないと感じてしまうのです。

3.3 ライフサイクル

 エリクソンは、「人は一生かけて発達するものだ」として、ライフサイクルという概念をうちたて、心理・社会学的な視点でこれを説明しました。人生をいくつかの発達段階に分け、各段階にテーマがあり、これらの危機を乗り越える事で人格が成熟し、乗り越えられないと人格に影を落とすとしました。重要なものをあげると、乳児期には「基本的安心感の獲得」、思春期には「アイデンティティの確立」というのがテーマとしてあります。

3.4 基本的安心感の獲得、アイデンティティの確立

 人は「オギャー」と生まれてから、泣いたら母親におっぱいを飲ませてもらったり、オムツを換えてもらったりしながら、「自分が無条件でこの世に受け入れられる」という感覚を身に付けます。これを基本的安心感(基本的安全感ともいう)といい、その後の人生で精神的に健康に生きるための基盤となります。この「無条件で」というところがポイントで、良い子でないと受け入れられないとか、勉強が出来ないと受け入れられないとか、ピアノが上手に弾けないと…、というのでは、基本的安心感がないという事になります。
 思春期になると、アイデンティティ(=自己同一性≒自分らしさ、自分がどういう人間でどういうふうに生きていくかという自分のイメージのこと)を確立しますが、男の子なら、スポーツ万能で皆のヒーローになるとか、秀才であるとか、人気者であるとか、また時には不良少年のように普通とは逆のアイデンティティを発展させる事もあります。アイデンティティは、思春期に突然確立してそれで終わりというものではなくて、見失ったり再発見したりしながら、一生かけて変貌していくものなのです。男としてのアイデンティティに加え、就職したら職業人としての、結婚したら夫として、父親としてのアイデンティティが生じてきます。昔は「こうあるべき」といった既定の価値観というものがあって、それに対して自分を位置づけていくという方法でアイデンティティを確立していたのですが、現代のように価値観が多様化して何でもありの状態になってくると、従来のような方法でアイデンティティを確立する事が困難になってきます。都市化が急速に進んでいる地域では特にその傾向があると思われます。

3.5 思春期の心の動き、「動揺や不安定さ」をどう理解すればよいか

 心の病気でないのに不安定になる最近の若い人達を見ていると、表現形は色々ですが、上で述べた「基本的安心感の欠如」と「アイデンティティの曖昧さ」という問題のいずれか一方、あるいは両方に該当する人が多いと感じます。その最たるものが、「ボーダーライン・パーソナリティー」です。ボーダーライン・パーソナリティーの人は、見捨てられ感が強くアイデンティティが曖昧である為に、情緒不安定になり、自傷行為をしたりします。「アイデンティティの確立」がテーマとなる思春期には、誰でも一過性にこのような不安定さを呈する事があります。思春期の子どもにとって、自分の安定したイメージを持つ事が心の安定につながるのです。自分に真剣に向き合ってくれる人がいるならば、自分が価値ある存在なのだというイメージを持つ事ができます。思春期の子どもが自分の安定したイメージを持つ事ができるように配慮してやることは、私たち大人の役目ではないでしょうか?

3.6 思春期までに教えるべき事

 教育では、子供に社会規範等を含む「建前」を教える事が必要ではないでしょうか?何が善で何が悪かが不明瞭な時代ですから、せめて学校の先生方にはこれらの事を徹底して子供たちに教えて頂きたいと思います(特に子供の心に可塑性のある時期に、幼稚園、小学校の先生から)。
例えば、

  • どんな理由があろうともいじめは正当化されない「いじめて良い理由なんてない」
  • 自分はいじめのつもりでないと言っても、相手がいじめと感じたらいじめである「自分がされて嫌な事は人にもしてはいけない」
  • 暴行、傷害、脅迫、恐喝、強要、窃盗等は「犯罪」である
  • いじめによる心の傷は、一生残り、生きる力を奪う事もある

等です。
 思春期になると、いじめや暴力といった問題が起こってきますが、今のいじめは、中学校だけで対処する事は極めて困難です。思春期以前の段階で、これから起こりうる事を想定した十分な指導をすべきで、その為には幼稚園、小学校、中学校間での連携も必要と思われます。

4.高校生の自殺の現状とその予防や対策

4.1 高校生の自殺の現状
 若年者(20~24歳)の死因の第一位は自殺(10~14歳では第三位、15~19歳では第二位)であり、その原因は文部科学省(2004)によると、厭世、父母の叱責、精神障害、進路問題、学業問題、恋愛などの順です。精神障害では、うつ病やパーソナリティ障害などが大きく関与しており、それらは不眠、摂食行動の問題、身体的不定愁訴、自傷行為(リストカットや大量服薬)、不登校やひきこもりなどの問題として、一般科の先生方がプライマリケアの場面で出会うことが多いかも知れません。自殺対策の結果、大人の自殺は減少しましたが、若年者の自殺は減少していません。この事は、若年者の自殺対策には大人とは違った視点が必要であるという事を示唆しており、若年者の心性を理解した上での対応が必要であると考えられます。
 
4.2 高校生の自殺の予防や対策

4.2-1 自殺に至るまでの心の変化

(1)一般の場合

自殺にいたるプロセス(東京都立多摩総合精神保健福祉センター熊谷直樹氏作成資料より一部改変):

 高度なストレス状態(例:失業・事業の失敗・多重債務・身近な人の死・家庭内不和・病気
→うつ状態等(自責・焦燥・絶望・視野狭窄)<生活上の問題は持続>
→自殺準備プロセス(自殺念慮→自殺の計画→自殺手段確保→自殺企図)

(2)子どもの場合

自殺に追いつめられる子どもの心理(文部科学省「教師が知っておきたい子どもの自殺予防」2009)

 自殺はある日突然、何の前触れもなく起こるというよりも、長い時間かかって徐々に危険な心理状態に陥っていくのが一般的です。自殺にまで追いつめられる子どもの心理とはどのようなものなのでしょうか。次のような共通点を挙げることができます。

1)ひどい孤立感:「誰も自分のことを助けてくれるはずがない」「居場所がない」「皆に迷惑をかけるだけだ」としか思えない心理に陥っています。現実には多くの救いの手が差し伸べられているにもかかわらず、そのような考えにとらわれてしまうと、頑なに自分の殻に閉じこもってしまいます。
2)無価値感:「私なんかいない方がいい」「生きていても仕方がない」といった考えがぬぐいされなくなります。その典型的な例が、幼い頃から虐待を受けてきた子どもたちです。愛される存在としての自分を認められた経験がないため、生きている意味など何もないという感覚にとらわれてしまいます。
3)強い怒り:自分の置かれているつらい状況をうまく受け入れることができず、やり場のない気持ちを他者への怒りとして表す場合も少なくありません。何らかのきっかけで、その怒りが自分自身に向けられたとき、自殺の危険は高まります。
4)苦しみが永遠に続くという思いこみ:自分が今抱えている苦しみはどんなに努力しても解決せず、永遠に続くという思いこみにとらわれて絶望的な感情に陥ります。
5)心理的視野狭窄:自殺以外の解決方法が全く思い浮かばなくなる心理状態です。

3)、4)、5)は一般の場合の「自責・焦燥・絶望・視野狭窄」とほぼ同じですが、1)、2)は若年者の特徴と考えられ、「基本的安心感、またはアイデンティティー」にかかわる問題であると考えられます。

4.2-2 自殺の危険性を持っている生徒の予見の仕方 (具体的な方法等)

(1)自殺の10大「危機要因」(一般の場合)(NPO法人ライフリンク「自殺実態白書2008」)

 自殺された方が抱えていた問題(危機要因)を調べてみると、約7割が下記の10大要因に集中していたことがわかりました。
①うつ病、②家族の不和、③負債・借金、④身体の病気(腰痛なども含めて)、⑤生活苦・将来の不安、⑥職場の人間関係、⑦職場の環境・立場の変化、⑧失業・就職失敗、⑨事業不振・倒産、⑩過労
 これらの要因がたがいにからみあって、自殺の危険性が高まっていくと考えられています。

(2)自殺予防の10か条(一般の場合)(高橋祥友、新訂増補 自殺の危険、金剛出版、2006)

次の項目に当てはまるとき、自殺に結びつく可能性が高まります。

  1. うつ病の症状がみられる
  2. 原因不明の身体の不調が続く(うつ病の身体症状かもしれません)
  3. 酒量が増す
  4. 安全や健康が保てない(自殺の前にやけっぱちな行動が見られることがあります)
  5. 仕事の負担が急に増える、大きな失敗をする、職を失う(別の人には耐えられる事でも、自殺の引き金になる事があります)
  6. 職場や家庭でサポートが得られない
  7. 本人にとって価値あるもの(職、地位、財産、家族、大切な人)を失う
  8. 重症の身体の病気にかかる
  9. 自殺を口にする(「死ぬと言う人は死なない」というのは誤解です)
  10. 自殺未遂におよぶ

(3)若年者の自殺

①若年者の自殺の特徴:

  • アイドルの自殺やインターネットでの報道など、周囲に影響されやすい傾向があります
  • 少子化などで十分に対人関係の練習ができないまま成長し、困難に直面すると、反応的にうつ状態になる若者が増えています
  • アピール様の自殺行為でも、間違って死に至ることもあるので注意が必要です

②若年者のうつ病の表れ方:(「2.2 うつ病」を参照)

  • ゲームなどはできるものの、勉強や部活に集中できなくなる
  • 学校から帰るとすぐに自室に入り込む、すぐに寝てしまう
  • イライラする
  • ひきこもる
  • 不登校
  • インターネットに依存する
  • 拒食もしくは過食
  • 不眠もしくは仮眠
  • 腹痛や頭痛などの身体的訴え
  • 自傷行為

4.2-3 自殺の危険性を持っている生徒やその家族への対応方法

(1)精神疾患と自殺

 自殺した人の80%以上が、生前に精神疾患にかかっています。その約30%は、気分障害、特にうつ病です。うつ病が良くなり始めた回復期に、自殺が起きやすくなります。高校生になると何らかの精神障害が発症している事が多く、大人と同じように心の病が自殺の危険と密接に関連するようになります。この年代は統合失調症などの心の病の後発年齢にもなるので、早期に発見して治療に結びつける事が重要です。摂食障害も思春期に多く発症します。摂食行動をコントロールできないために抑うつ症状が重なってくると、自殺の原因は高まる場合があります。

(2)うつ病の自殺予防

 自殺は行動力の出てくる回復期に発生する確率が高い為、状態が良くなったからといって、気晴らしに一人で外出させたりするのは非常に危険です。
 自殺を実行に移す前には、多くの場合、何らかの前兆があります。たとえば、周囲に対して「遠くに行きたい」、「消えてしまいたい」、「死んだ方がましだ」等と言い出す、突然態度が変わる、身の回りの物を処分する、等です。相談された時は、話題を避けず、よく話を聞いてあげて下さい。その上で、「死にたいと思うのは病気の症状の一つである」事を話し、患者さんが治療に取り組めるよう努めましょう。自殺の危険がある場合には、監視している事があからさまにならないよう「それとなく目を離さないようにしている」という配慮が大切です。
 一般に、うつ病患者の場合は、死にたい気持ちと自殺の間に連続性があって、死にたいと思っても、自分を思ってくれている家族や治療者の事を考えると思いとどまる事ができます。つまり、自殺をしないと約束させる事が自殺予防につながるのです。自殺を話題にする事で自殺を誘発する事はありません。一方、情緒不安定な『ボーダーラインパーソナリティー障害』や発達障害を背景に持つ患者の場合は、死の衝動が突然襲ってくるので、そんな時に家族や治療者の事を考えても抑止力にはなりにくいと言われます。

4.2-4 学校現場ができる事(普段の予防方法、SOSを察知したとき)

(1)実際に「死にたい」とうちあけられたら(一般の場合

①相手のつらい気持ちを受け止める
②「死にたい」気持ちの程度・強さを知る
③死なない約束をする

(2)うつ状態の時の周囲の対応と接し方(一般の場合

接し方の基本:

  • よく見る、よく聴く
  • 正そうとしない~叱責・アドバイス・議論はダメ

対応の具体的ポイント:

①心配しすぎない
②励ましすぎない
③原因を追求しすぎない
④重大な決定は先延ばしにする
⑤ゆっくり休ませる
⑥薬をうまく利用する
⑦時には距離をおいて見守る

自殺に傾いた人への対応の基本:

 自殺のサインを発している人と接するとき、直接「死にたい」といわれると動揺してしまいがちです。そんなときには「TALK」の原則が役に立ちます。

  • Tell:伝える
    はっきりと言葉にして、「あなたのことを心配している」と伝えます。つらい気持ちを打ち明けられたときは、「なるほど、それはつらかったですね。」と、つらさをそのまま受けとめ、受けとめたことを言葉で示します。
  • Ask:たずねる
    死にたい気持ちについて「自殺することまで考えていますか?」と率直にたずねます。
    自殺についてたずねると、かえって自殺をあおりたててしまうのではないかという心配がありますが、誠実な態度で接するならば、そんなことはありません。むしろ自殺予防の第一歩になります。
  • Listen:聴く
    まさに傾聴です。絶望感に満ちた悩みに対して、徹底的に聴き役に回ります。聴いている方が不安になって、あれこれとアドバイスをしたくなったりしますが、ぐっとこらえます。
  • Keep safe:安全確保
    危ないと思ったら、その人をけっしてひとりにしないで、安全を確保した上で、必要な対処をします。危険だと考えられる人については、確実に精神科受診につなげてください。

(3)若年者の場合

①大人と若年者の自殺の原因における違い

 自殺の原因は、大人では、失業・事業の失敗・多重債務・身近な人の死・家庭内不和・病気など、喪失体験、または生存を脅かす原因が多いのに対し、若年者では、厭世、父母の叱責、精神障害、進路問題、学業問題、恋愛などの順で、精神障害を除けば、基本的安心感、またはアイデンティティーにかかわる原因が多い、という違いが認められます。若年者の自殺を予防するためのヒントがこのあたりにありそうです。

②どの段階で精神科受診を勧めるべきか

 精神障害が疑われる場合には精神科への早期受診を促すことが肝要です。不登校は精神障害の早期発見の為の重要なサインです。

③どのような状態であればとりあえず自殺の心配がないのか

 うつ病の場合、一般的には自殺をしないと約束させる事が自殺予防につながります。しかし、うつ病のタイプや併存症によって、対応方法も、自殺の危険度も異なります。典型的なうつ病では朝に落ち込みが強いのに対し、若い女性に多い「非定型うつ病」というタイプでは夕方から夜にかけて落ち込みが強く、日中の観察だけでは抑うつの重症度が過小評価される可能性があるため要注意です。パーソナリティ障害や発達障害などが併存している場合、衝動的な自殺がみられるため要注意です。診断名の如何によらず、衝動性が見られる場合は要注意です。危険度が高い場合には、主治医と学校との間で連携が必要です。

 

(11)診断書って書いてもらえるんですか?

 病状から見て休職が必要と判断される場合には、「休養加療を要す」という診断書を発行します。休職すると、「傷病手当」として基本給の7割程度が支給されます。つまり、休職すると労働の義務が免除されるわけですが、それに代わって新たな義務が発生してきます。それは治療を受ける義務です。

 ところが、休職の診断書や傷病手当の診断書の更新の為だけに来院し、通院・服薬をしない人や、「薬は飲みたくない」、「カウンセリングで治したい」、「~が原因で病気になったのだから、~を解決しないと治らない」等と持論を述べて、適切な治療を拒む人がいます。

 現代の若者のうつ状態を「単なるわがまま」とみなしがちな昨今の風潮には私は反対ですが、労働義務を免除されながら治療義務を果たそうとしない人は、わがままだと言われても仕方がないのではないでしょうか?

 

(12)この薬はきついんですか?

 精神科の薬にはさまざまな種類があって、それぞれの効き方に特徴がある為、「きつい」とか「軽い」という言葉では説明ができません。

 「軽い安定剤や睡眠導入剤だけ飲みたい。本格的な薬は何となく怖い。」と思っておられる方が多いようですが、実際のところは、前者の方が問題が多く、かつ根本的な治療にもならないのです。

 「軽い安定剤」と「睡眠導入剤」はほとんどが同じ系統の薬で、睡眠作用、抗不安作用、筋弛緩作用、抗けいれん作用・・・等があり、睡眠作用の強いものは睡眠剤として、抗不安作用の強いものは抗不安薬(つまり「軽い安定剤」)として、筋弛緩作用の強いものは肩こり、緊張性頭痛、関節痛等の薬として使われますが、いずれも「対症療法」であって「根治療法」ではありません。また、これらの薬には、依存性(クセになってやめられなくなり、いわゆる「薬漬け」になる。)、耐性(効きが悪くなくなって量が増える)、認知機能障害(物忘れの原因になる。服用時の一時的な「前向性健忘(服用後の記憶がなくなる)」だけでなく、長期間あるいは大量に服用すると記憶障害が後遺症として生じます。)、奇異反応(変な行動をとってそのことを覚えていない。飲酒により増強される。例:変なメールをあちこちに送る、朝起きたら台所が食い散らかしてある、飲み会の次の日に「変な事をしていた」と言われる、等)といった副作用があります。実は、これらの薬は他の先進国ではあまり使われなくなっているのですが、日本でのみ突出して使用量が多く、その理由としては精神科以外の科で多く処方されているという現状があります。日本でも「睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン」(厚生労働科学研究班・日本睡眠学会ワーキンググループ 2013年)にて「出口を見据えた不眠症医療」をすべきとされており、アップデートできている精神科医はこういった薬を漫然と処方したりはしません。

 一方、「本格的な薬」は、病気をきちんと治して、多くは薬と最終的にはサヨナラする為の薬なのです。

 「薬に頼りたくない」と言われる方がおられますが、薬とは「頼る」ものではなく、「活用する」ものだとお考えください。日本が世界一の長寿国になったのは、医療の発達によるところが大きく、高血圧、高脂血症、糖尿病、その他どんな病気の人も、それぞれの薬を飲んで健康を維持しておられます。せっかく現代に生きているのに、その恩恵を受けないのは、もったいない話です。精神科の薬もそれと同じ事です。最近は、精神科の薬の進歩が目覚しく、昔とは違って良い薬がたくさんあり、適切な処方によって問題の半分は解決するのではないかと思われますが、残念な事に、不正確な情報や根拠のない不安から服薬中断されるケースがみられます。

 

(13)インターネット・ゲーム依存について

1.はじめに

 インターネットやゲームのやりすぎで、脳が壊れるのではないかという、長年懸念されてきたことが、現実味を帯びてきています。
 最近では、スマホに依存するケースが急増していますが、男性では、オンラインゲームや動画への依存が多く、女性では、LINEやフェイスブック、ツイッターといったSNSやソーシャルゲームに依存する人が多くなっています。

2.熱中と依存症を見分ける兆候とは

 依存症が単なる熱中と違う点は、インターネット・ゲームへの依存によって、生活機能や社会機能が低下し、重大な支障を生じているということです。ここまでくると、ただ「はまっている」というレベルの状態ではなく、完全な病気の状態であり、脳の報酬系異常が起きていて、もはや放っておいても元には戻らない状態に陥っているのです。

 

(1)アメリカ精神医学会の診断基準

 2013年5月、アメリカ精神医学会より出された最新の診断基準であるDSM-5に、インターネット・ゲーム依存症が初めて、「インターネットゲーム障害」として採用されました。


インターネットゲーム障害:
 以下の5つ以上が12ヶ月間のどこかで起こっていることによって示される。

①とらわれ(没頭)
②離脱症状(やめるとイライラ、不安、興奮)
③耐性(費やす時間が増大)
④コントロール困難
⑤他の活動への関心低下
⑥悪影響が出ているのに、使用を減らすことができない
⑦使用の程度について嘘をついたことがある
⑧逃避的使用
⑨社会生活、職業生活の破綻

 

(2)脳内で起こっていること

 ゲーム依存やインターネット・ゲーム依存の人の脳でおきていることは、覚せい剤や麻薬中毒の人の脳で起きていることと基本的に同じで、線条体という快感の中枢においてドーパミンが放出されると、それが歓びという報酬となり、再びその行為を行うモチベーションや意欲を生みます。こうした仕組みは報酬系と呼ばれ、脳はある行為が報酬に結びつくことを学習すると、その行動を意識的、無意識的に繰り返すようになります。何度も報酬を味わううちに、それは依存を形成していきます。耐性が生まれ、同じ満足を得るために、もっと長時間、もっと強い刺激を求め続けるようになります。インターネットやインターネット・ゲームに長期間依存することで、覚せい剤や麻薬中毒のように無気力・無関心で、何事にも投げやりな、人格の荒廃した状態に陥る危険があります。

 最近の研究によって、インターネット依存やゲーム依存、ことに、その両方の要素を併せ持つインターネット・ゲーム(オンラインゲーム)依存が、文字通り「脳が壊れた状態」を引き起こす可能性が強まっています。


変化が起きているとされた領域は

①意欲や快感、善悪の判断、価値観といったことにかかわる報酬系
②社会性や共感性、情緒にかかわる領域
③注意や記憶、遂行機能などの認知機能にかかわる領域
などにまたがっています。

 

(3)報酬系を狂わす「デジタル・ヘロイン」

 あらゆる依存症は、大した努力もなしに、報酬を味わえるという性質をもっています。そうした行動の味を学習してしまうと、脳の報酬系には短絡回路(近道)ができてしまい、そうなると、わざわざ苦労して、微々たる報酬しか得られない行動を頑張ることが愚かしくなってしまいます。報酬系が狂うことで、長期的な損失より目先の快感を優先するという意思決定の倒錯が起きます。

 

(4)再発と後遺症

 一旦、依存症になると、完全に直ることはなく、再発を繰り返します。一旦縁が切れていても、抜け道ができてしまっているので、またその行動や物質に触れ始めると、あっという間に依存状態に戻ってしまいます。これを履歴現象と呼び、脳には、一度強い快感を覚えた行動の履歴が生涯刻まれていると考えられています。
 もう一つ依存の段階に特徴的な症状としては、機能低下が遷延することです。背景には脳の機能レベルの低下や萎縮、神経線維の統合性低下といった構造的変化があると考えられます。


後遺症:
①睡眠リズムの崩壊と慢性的な睡眠障害
②学業成績、職業機能の低下
③遂行機能や注意力、集中力の低下
④うつ状態や無気力
⑤社会的機能を低下させ、しばしば社会恐怖を強める
⑥神経過敏、攻撃性や敵意の増大
⑦認知をゆがめ、ストレスへの非機能的対処を助長
⑧肥満や視力障害、頭痛、腰痛など身体的な問題

 

3.子供への影響

 あらゆる依存症は、基本的に同じメカニズムで進行していき、覚せい剤や麻薬と同じようなダメージを脳に引き起こす危険があります。脳が発展途上にある子供が依存した場合の影響は、はるかに深刻です。  インターネット・ゲーム依存により、睡眠障害、注意力、遂行機能の低下、意思決定の異常、うつ状態、社会機能の低下といったさまざまな問題がおきていますが、それより以前の問題として、子供の人生にダメージを与えるのは、依存することによって膨大な時間が失われ、もっと豊かな体験や学習をする機会を失ってしまうことです。

4.ネット、ゲーム依存の予防

(1)開始年齢を遅らせる

 低年齢で始めたケースほど重度な依存になりやすいといわれます。


(2)必要のための使用に限る

 楽しみのための使用は、まだ安全域とはいえ、過剰使用や依存的な使用に至る入り口でもあります。楽しみのための使用といえども、安易にその枠を広げないことが大事でしょう。さらに逃避のための使用は、極力しないように注意する必要があります。逃避のための使用として、一番身近なところにあるのが、ヒマ潰しの使用です。ヒマ潰しにやるという利用の仕方は、依存しやすいひとつのパターンです。ヒマ潰しの使用は、診断基準の一項目にも入っている「逃避的使用」につながりやすいのです。必要のための使用と思っていても、もっと優先すべきことを後回しにしている場合は「逃避的使用」です。その日すべきことの優先順位をスケジュール帳に書いて、ひとつずつ片付けていく習慣をつけると、遂行機能を高め、「逃避的使用」を防ぐことになります。


(3)Go/NoGo課題と勤勉性

 小さい頃から、やりたくなくても、やるべきことをやる、やってはいけないことはやらない、と自分の欲求を制御する能力を育む必要があり、これは「Go/NoGo課題」と呼ばれます。ただし、それは何でも我慢するということではなく、長期的にメリットがあることと、デメリットがあることに分けて、メリットがあることは嫌なことでも積極的にやり、デメリットがあることは、短期的にはメリットがあってもしない、ということです。こうしたことの積み重ねが、脳の報酬系に勤勉な価値観の体験を作り上げていきます。勤勉さとは、短期的には苦労だが長期的には報われることに励むことであり、短期的には快楽だが長期的には自分を損なう行為を慎むことです。
 インターネット・ゲーム依存を抑止する特性として、勤勉性が上げられます。勤勉性の高い人では、自己コントロールが高く、他の依存症にも陥りにくいのです。小さなときから勤勉性を養うことは、依存に対する抵抗力をつけることになるでしょう。勤勉性とは少ない報酬で努力する能力だと言えます。幼い頃からゲームのような強い報酬を与えてしまうと、勤勉性の獲得が難しくなります。勤勉さを身につけることは、あらゆる依存症から身を守ることでもあります。勤勉さは寿命を延ばすことも実証されています。


(4)ペアレンタルコントロールは親の義務

 最初の時点で、どういう危険があるかを教えた上で、我が家のルールとしてしっかり確立しましょう。どれだけ保護者が危機意識をもって、子供を守るかが、子供のその後を左右することになります。守るとは、単に与えないということではなく、大切なのは教育するということです。どういう危険がひそんでいるかを教え、その危険を防ぐにはどうしたらよいかを、実践的に身につけさせるということです。
 使用制限をかけるには、十分話し合って枠組みを作っておくことが大切です。子供を守るのは、フィルタリングソフトや時間制限ソフトではなく、やはり親の愛情であり、関わりなのです。


(5)背景にある問題を理解する

 インターネット・ゲーム依存症の背景として、まず理解しなければならないのは、他の依存症と同じく、大部分のケースは何らかの適応障害から始まっているということです。何らかの挫折状況や疎外状況、ストレス状況によって、現実の生活に居場所を失い、自分の存在価値を味わえなくなることが適応障害ですが、それを代償する手段として、子供では、もっとも身近で許される手段として、ゲームやネット、スマホの使用が増えやすいのです。
 背景にある挫折状況や疎外状況としては、学業の挫折が多く、次いでイジメや友人関係のトラブル、クラスでの孤立が多く、また、ゲームやネットが現実逃避として使われているケースでは、かなりの割合で社会恐怖、対人不安が背景にあります。
 回復を図っていく場合には、依存症ばかりに目を向けるのではなく、背景にある適応障害の側面を十分に理解し、そこに手当てを行っていくことが、ひとつのポイントになります。

 

 
 

参考文献:

岡田尊司著 インターネット・ゲーム依存症 ネトゲからスマホまで 文春新書 2014年