大津市医師会誌

  • HOME
  • 大津市医師会誌

私の診察室から

「ときめき坂」に開業して

2010年3月号
院長 柴原 証基

 2009年7月1日、膳所駅の近くで「ときめき坂メンタルクリニック」を開院しました。  開業するまでは私も知らなかったのですが、膳所駅から平野小学校の校門前を通り下っていく通りを「ときめき坂」といい、坂を下りきった交差点の西武百貨店の向かい側に「ときめき坂」と書かれた標柱が立っています(その昔は「竹下通り」と呼ばれていたそうな)。名前の由来は知りませんが、若者が行き来する通りなのでそう名づけられたのでしょう。
 膳所といえば、今から約四半世紀前、母校である滋賀医科大学を受験する為、故郷から電車に乗ってはるばる滋賀にやって来た時に、「膳所」という地名を見て、「これは何と読むのだろう」と思ったことがまず思い出されます。また、記憶が定かではありませんが、部活の新入生勧誘か何かで先輩につれて行ってもらった飲み屋が、クリニックのまん前の店ではないかという気がしています。そう考えると、ここで開業することになったのも何かの縁ではないかという気がしてきます。「ときめき坂」は昔とあまり変わっておらず、適度に古くて道幅も狭く、良い味を出しています。聞くところによると、将来的に「ときめき坂」の道幅拡張計画があるそうですが、私個人的には反対です。その理由の一つ目には、私のクリニックが立ち退きを余儀なくされることもありますが、二つ目には、そんなことをすれば、せっかく良い風情をかもし出している「ときめき坂」が、いくつかの新しく整備された駅前道路のようにだだっ広くて味気ない通りに変わってしまうと思うからです。
 当クリニックは、平野小学校の校門から少し膳所駅前に行った所にあり、トンボのマークの看板が目印です。トンボは、前にしか進まないことから、古来より「勝ち虫」ともいわれ、縁起のいい生き物とされてきました。私の故郷である兵庫県たつの市は「赤とんぼ」の歌の発祥の地であり、トンボといえば故郷の象徴でもあります。故郷には、良い思い出ばかりではなく、その逆もありますが、本当の自分を知る上で大切な何かがあるはずです。当クリニックが、つねに前向きに、自分と向き合える場であってほしいとの思いから、トンボのマークとしました。

 昔は、精神科クリニックといえば、「駅から脇道に少し入った所の二階」といったイメージがありましたが、今は堂々と通院する時代になったのか、駅前に面したクリニックも多く、当クリニックも往来の激しい通りに面しています。患者様の中には人目を気にされる方もおられますが、「いつも通るので」、「近いので」と来院される方も多く、患者様の認識はさまざまの様です。最近では、狭い意味での精神障害ではないけれども、何らかの理由で生きづらくなって精神科を訪れる人々が増えています。精神病院よりも敷居の低い精神科クリニックが増えたことや、若い人になるほど精神科や向精神薬への抵抗感が弱まっていることもその一因でしょう。滋賀県は若年人口の増加率が全国一であり、その多くが集中する地域では、上記の様なニーズが特に多いのかも知れません。クリニックと精神病院とでは外来患者様の層が異なることは想定内でしたが、開業してまず意外だったのは、うつやパニック障害と比べると認知度の低いであろう社交不安障害の患者様が「僕もそうじゃないかと思って来ました」と受診されるケースが多かったことです(昔は「対人恐怖」、「赤面症」、「あがり症」と呼ばれていたものが、「社会不安障害(Social Anxiety Disorder=SAD)」となり、また最近「社交不安障害」と名称が変わったのです)。製薬会社が自社製品の潜在的な需要を発掘する目的でテレビのコマーシャルやネットのサイトでうつや不安障害(SAD、パニック障害、強迫性障害等)の情報を発信しているので、上記の様なパターンが無視できないくらいに多いと思われます。
 治療の進歩や社会資源の発達により統合失調症で長期入院する方は将来的に減少すると思われます。一方、国内の年間の自殺者が3万人を超える状況が続く中で、うつ対策が時代のニーズとなり、内科と精神科との連携を図るG-Pネットワークが推進され、また、うつ等の患者様を専門に受け入れる「ストレスケア病棟」が全国に広がり始めました。「ストレスケア病棟」は、殆どが開放病棟で、環境を工夫し、薬物治療だけでなく、カウンセリングや家族のケア、復職プログラムの充実をはかります。うつ病は薬を飲んで休んでいればいいとされてきましたが、最近では薬が効きにくい難治性のうつが問題になる等、薬以外のサポートが重要になっています。ストレスケア病棟は治療の新しい方向を示していると言えます。日本初のストレスケア病棟である、不知火病院の「海の病棟」(1989年開設)が有名です。私の知る範囲では、滋賀県に隣接する地域に、ストレスケア病棟を持つ病院が4つあります。
 いずれは精神科クリニックも競合する時が来るでしょうから、それぞれのクリニックが特色を明確にし、機能分化していくのが望ましいと私個人的には考えています。当クリニックでは、うつ、不安障害、ストレス性疾患の方を主に受け入れ、そういった方の入院や復職支援については、他の専門機関と連携をとっていきたいと考えています。
 時代のニーズに応えられるようなクリニックにしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。